【4,万景台(マンギョンデ)の生家】
 平壌の中心部から12qのところに位置している。故・金日成主席が誕生し14才までを過ごしたところで、生家が保存されている。当時の一般的な農家の家である。敷地内は公園となっていて、春には草花が咲き乱れる自然豊かな場所だ。
 故・金日成氏は14歳の時に(1925年)、朝鮮の解放を志しこの家を出た。
 一般的な農家の家で、朝鮮独自の「オンドル」という暖房方法で部屋を暖めた。
 「オンドル」とは、台所で薪などを焚くことにより、暖かい空気を床下に流し部屋を暖め、煙突から出していく暖房方法であり、現在でも行われている。(都市のマンションでもオンドルだが、薪の代わりにセントラルヒーティングを使用している)
 年に一度(5月1日のメーデーなどに)、沢山の国民がここを訪れる。
 国民にとっては、故・金日成氏は希望であり心の支えなのだ。
万景台の生家 家の左に位置する台所。ここで薪などを焚き空気を床下に流し部屋を暖めていた。
部屋には故・金日成氏と両親の写真が飾ってある。 家の右後ろに小さな煙突がある。「オンドル」の方法で台所から床下に流した暖かい空気が煙突(写真の右真ん中)から抜けていく。
納屋には農作業の道具、糸車や織機もあった。 1925年、故・金日成氏が14歳の時に、朝鮮の解放を志しこの家を出た。絵は、氏が両親に見送られているところ。
万景台から、街を見下ろす。 万景台の近くに遊園地もあった。現在は稼働していない。

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5.地下鉄乗車