【19,帰国/雑考】
 ガイドの方々と握手をしてお別れをした。「ありがとう、とても楽しかったです」と、ガイドも観光客も口々に言っていた。現地のガイドたちは、「ガイドは外国人と話せるので楽しい仕事だ。いつか自分も日本に行ってみたい」と言っていた。名残惜しい別れだった。
 平壌を発って中国のシンヨウに着き、シンヨウから大連を経由して関西空港についた(行きの経路は逆だった)。

 帰国して頻繁に思い出すのは、ただっぴろい灰色の道路を、黒っぽいコートやマフラーで身を包んで生活のために忙しなく通勤している人々、昼間でも電気の消えた真っ暗な夜でも一生懸命棒を振って交通整理をしていた女性警察官、朝鮮中央歴史博物館の裏手で手作業で石を砕いて砂利を作っていた労働者、痩せた田畑で農作業をしていた農民、トラックの荷台にたくさんの人々が乗って移動している姿だ。
 国民は皆、一週間働いた後、毎週土曜日の午後は仕事場で2時間の勉強をする、とガイドが言っていた話も思い出す。
 歌舞伎町みたいな性産業の店やネオンや電飾看板やゴミが散らかっている所はなく、街はきれいに清掃され下品な電飾看板もなく、犯罪もなく治安は極めて良かった。
 序章にも書いたが、現地のガイドさんや小学校で話をした子供たちや店の店員など、出会った朝鮮の人々はみんな「政治的にはいろいろ問題があるけど、本当は日本と仲良くしたい」と口々に言っていた。
 金日成・金正日父子体制は良くないと思うが、だからといって経済制裁や戦争を起こすと、こうした普通の人々が犠牲になるだけだろう。

 朝鮮は東西冷戦の犠牲となって、ソ連・中国と米国という大国の対立によって1950年に朝鮮戦争に巻き込まれ、朝鮮半島を南北に分断され、90年代には干魃や大洪水が起き、共産圏が崩壊して旧ソ連や中国などからの援助も激減し、数百万人もの餓死者が出て、今もなお食料・エネルギー不足で戦争や自然大災害の痛手を負い続けている。
 その上、自然条件にも恵まれず、自給自足ができない。
 こうした数多くの不運を負いながらも、人々は真面目に働き、子供たちは朝鮮の未来のために勉強し、一生懸命に生きようとしていた。
 現地のガイドは言った。「結婚して子供ができると、もっと頑張ろう、という気持ちが出てくるんですよ」
 国境があり、政治体制や心の支えにしているものは違うが、日本人も朝鮮人もみんな人間として幸せや平和を望み生き延びようとしている。
 拉致問題も、核疑惑問題も、彼らに責任はない。
 現地では故・金日成・金正日父子体制の良い面だけが報道されていて、市民はそれを純朴に信じているだけなのだ。
 彼らは、私たちと同じ普通の人々なのだ。
 前述したように、戦争が起きたら犠牲となって大量に死んでいくのも、こうした普通の人々だ。
 それは日本でも同じことが言える。
 国際貢献などと言ってアメリカに追従して自衛隊派遣したり、朝鮮の核問題や拉致問題に対して制裁を加えたりしても、結局テロや戦争の負の連鎖に巻き込まれ犠牲になっていくのは、私たち市民だ。
 本来、政治は、市民の幸福のために存在するものだ。
 しかし、朝鮮でも、日本でも、政治に市民が翻弄されている。
 幸い、日本には言論の自由や政治家を選ぶ自由がある。
 にもかかわらず、選挙の棄権率は約半分だ。
 この半分の人々が、自民党、公明党以外の政党に投票したら、今頃自衛隊派遣はないだろうし、戦争参入に深入りしていくこともなかっただろう。日本は大きく変わったはずだ。
 棄権するのは、投票したい政治家・政党が存在しないせいかもしれない。
 しかし、私たちの日常にある理不尽なこと、たとえば年金問題もそうだが、給料が少ない、リストラされた、就職できない、自分に合う仕事が見つからない、家賃が高い、学校や職場で虐められる、結婚相手が見つからない、やりたいことが見つからない、引きこもり、家庭内暴力、麻薬、援助交際、犯罪といった問題まで、政治の営みから影響を受け目に見えにくいところで深く関わっている。
 小学校の1クラスを例にとっても、そこは国際政治の縮図であり、どこにでもジャイアンとスネ夫とのび太のような理不尽な力関係が存在するし、大人の世界でも善悪とは関係のない次元で欲望を中心とした力関係があり、私たちの生活の損得に関わっている。
 結婚相手が見つからない、やりたいことが見つからない、といった一見プライベートな悩みでも、矛盾をはらんだ社会・環境と切り離して考えることはできない問題であり、社会・環境は絶えず内外の政治によって影響を受けている
 投票で少しでもマシな政治家を選び意思表示をしなければ、政府の既得権層の欲望のために、ますます市民は翻弄され、誰かが犠牲になっていくことだろう。
 朝鮮の人々は、マインドコントロールされていたが、私たちも政治やメディアに操られて犠牲にならないように、真実を見ようという姿勢で自分の頭で考え、意思表示をしていくことが必要だ。

 朝鮮の国民の金日成・金正日父子に対する従順さには今でも不思議なものを感じる。
 97年にイランに行った時には、現地の人々は、家族や友人や信頼できる人々の間では、政治や聖職者を批判したりしていたので、建前と本音があるのだと感じた。厳しい刑罰があって死刑になるかもしれないのに、人々には政治体制への疑問や批判する気持ちがあり、活動している人も多くいた。しかし北朝鮮の場合は、国民は金日成・金正日父子体制にとても従順で、独裁政治を変えようなどという姿勢がまったく見受けられなかった。それどころか、彼らの従順さには、変な落ち着きや安定があり、人々は明るい顔をしていてそれなりに満足している様子だった。彼らは本心から生活に満足しているのか、それとも不満はあるのだが死刑が怖くて従順なのか、独裁政治を良いとは思っていないが日常の習慣と惰性に埋没し怠慢さに浸りきっているのか、わからなかった。
 ガイドは、朝鮮の食糧不足について、もともと朝鮮の土地が農耕に向いていなかった上に、自分たちの農耕のやり方についてミスがあった、と反省をしていた。にもかかわらず、金日成・金正日父子を非難する気持ちは微塵もなかった。
 独裁政治自体は良いことだとは思わないが、かといってそれが今の朝鮮にとって絶対的に悪いことなのかどうかはわからない。私たちは、独裁体制の国は悪くて民主主義の国は良いなどとはっきりと言えるだろうか。たとえば、日本の政治・社会のようになれば良い、と自信を持って言えるだろうか。思想が違うというだけで無実の人を死刑にしてしまうのは酷いことであるし食糧不足で田舎の人々を餓死させてしまったことは大きな問題だが、毎年3万人以上も自殺者が出たり、精神的に病んでいる人々が多く青少年犯罪や性の商品化や家庭内病理が増加していて、ひきこもり100万人・ニート85万人・不登校13万人・フリーター400万人ともいわれる日本とどちらが酷い国なのか、よくわからない。民主主義という名において、マスコミに踊らされた未熟で無知な国民が、感情的な世論を形成して政府をおかしな方向に動かしてしまうことも大いにある(バブル崩壊後の長い不景気も、金融機関に公的資金注入をするという宮沢首相の提案に大反対した世論の責任も大きい。この時公的資金注入をしていれば不景気は長引かなかっただろう。また、政治家やマスコミに踊らされて深く考えることもなく改憲を支持し、やがて米国と共におおっぴらに戦争をするようになったら、禍根の上にさらに禍根を残すことになり取り返しのつかないことになるだろう)。独裁体制も民主主義も不完全だ。
 1945年以来、朝鮮に長期の独裁政治が続いているということは、何かしらの必然性があるのかもしれない。
  戦前の日本にも全体主義はあった。その背景には欧米列強との対立や飢饉などの貧しさがあった。朝鮮も、韓国や米国と対立し、脅かされ、国際的に孤立し、困窮しているために全体主義によって団結する必要があるのもしれない。

 日本は戦後急激に経済成長して物質的には豊かになったが、問題となっているのは意味の欠如である。
 何のために働くのか、何のために結婚するのか、何のために生きているのか、意味がわからない故に、簡単に人殺しや売春や麻薬に走ってしまう青少年や大人たち、心の触れ合いがないままに簡単にセックスをする人、惰性と習慣で家庭を持つ人、引きこもり、フリーター、独身や子供を持たない夫婦や少子化の家族が増えている。
 日本は、こうした犯罪や心の空虚に直面している。それを解決するには、組織や集団や血縁など自分の外にあるものに希望や拠り所を求めるのではなく、一人一人が自分の内部に希望を見つけて自分で自分を支えていくことが大事だ。
 自分の好きなこと充実できることが、生きる意味となって個人を救うだろう。心が充実すれば、他人・世界へと興味・関心が向き世の中を良くしていこうと努力するようになる。そうすれば社会も前進することになるだろう。

 国それぞれ、自然条件や歴史など様々な点で違う。 国によって進歩に費やされる時間や経過も違うし、進歩の段階や乗り越えるべき問題も違うし、何が進歩なのか内容も違う。私も朝鮮の平壌に生まれていたら、幼児の時から教育されすっかり金日成・金正日父子を信じていただろう。「日本に行ってみたい」とガイドたちは言っていたが、もしもガイドが日本に生まれていたら日本人と同じような考えを持っていただろう。
 確かなのは、朝鮮も他の国と同じように自分たちの置かれた状況の中で、平和と幸福を望んで少しでもマシな方向を選び、成長しようとしていることだ。
 朝鮮がミサイルの実験を行ったり核を持とうとするのも、アメリカの軍事的脅威から身を守るためなのだろう。あれだけ脅かされていると、朝鮮がアメリカとの直接交渉を望むのも無理はない(6者協議では、朝鮮とアメリカが対等に話し合うのは難しいだろう)。
 アメリカが朝鮮に向けて韓国に配備している核や大量破壊兵器など軍事的脅威を取り除けば、朝鮮の核問題は解決に向かうと思う(韓国に配備している軍事的脅威を取り除くと、朝鮮が韓国に攻め入ってくるなどとはとても考えにくい。朝鮮は韓国との平和的な統一を強く望んでいるのだ。敵対などしたくないのだ)。アメリカが、この問題をこじらせている。

 「いつか日本に行ってみたい」という現地のガイドの方々、地下鉄で私たちを興味深そうに見ていた人々や席を譲ってくれたおじさんたち、6月9日第一中学校で私を慕って「日本人と仲良くなりたい」と手を離そうとしなかった少女、開城で私たちに手を振ってゆっくりと近づいてきた子供たちやこちらを見つめていた大人たち、こうしたふつうの人々の日本への関心や仲良くしたいという気持ちが、暖かく貴重なものに感じられた。
 そういった友好的な気持ちや関心が、いつか国境を越えて実現され、自由に行き来できる日が来ることを、南北の軍事境界線が朝鮮半島の人々の手によってなくなり、彼らが心から安心して暮らしに満足できる日がくることを、願ってやまない。

さようなら朝鮮!


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