【14,板門店(パンムンジョム)】
 朝鮮半島を南北に分断する軍事境界線(北緯38度線)がある。全長は二百四十八キロに及ぶ。軍事境界線から南北それぞれ2キロの幅に非武装地帯(DMZ)が設けられている。
 写真をパチパチと撮っていたので注意されるかな、と思ったら兵士が「たくさん写真を撮って、日本のお友達やお知り合いに見せてあげてください。そして、ここで見たこと聞いたことを皆さんに伝えてください」とおっしゃった。兵士たちは友好的で、模型を使って丁寧に解説をしてくださった。一緒に記念撮影もした。

 朝鮮の人々は、朝鮮戦争(1950〜1953)は米国が始めた戦争であり朝鮮と米国との戦いであったと考え、韓国に対してよりも米国に対して敵対心があった。
 日本では、朝鮮戦争は北朝鮮から韓国に攻め入って始まった、とされているが、ガイドの話によるとこうだ。「第二次世界大戦後、米国を中心とする資本主義国と旧ソ連を中心とする共産主義国が対立して冷戦状態が続いていた。米国が朝鮮半島を支配したがり韓国と朝鮮を利用したのだ」
 朝鮮で買ってきた「20世紀の朝鮮」という本にも次のような意味のことが書いてある。
「1945年に米国が南朝鮮(韓国)に傀儡政府をつくり、1947年から1950年に朝鮮戦争が勃発する前日まで、南側が5150回余りの組織的な武力挑発をし、1950年6月にアメリカ軍事顧問官の指揮のもとに、南朝鮮『国軍』が38度線全域にわたって不意の攻撃を開始した。さらに米国は『国連軍』を不法に組織し朝鮮戦線に投入し、国際法で禁止されている細菌・化学兵器まで使用した。しかし朝鮮は、中国人民義勇軍部隊との連携で朝鮮を守り抜き、休戦協定に至った」
 私が朝鮮で購入した朝鮮人民軍出版社の「板門店」という小冊子には次のように書いてある。
「板門店は、侵略者ーアメリカ帝国主義者が朝鮮と朝鮮民族を人為的に分裂させた軍事境界線があり、朝鮮に対するアメリカ帝国主義の侵略の罪状を全世界に告発する厳しい審判場である。……朝鮮問題はひたすら、金日成主席によって示された自主、平和統一、民族大団結を基本内容とした祖国統一3大原則にもとづいて解決されるべきである。……しかしアメリカ帝国主義の『力』の政策によって朝鮮半島の情勢は極度に緊張しており、南朝鮮(韓国)は世界で各種の核兵器がもっとも緻密に配備されている危険な核戦争の根源地となっている。朝鮮戦争で核戦争が起きれば、それは容易に世界的な核戦争に拡大する恐れがある。……アメリカ帝国主義侵略者は時代錯誤的な侵略と戦争政策を捨て、南朝鮮から侵略軍隊と核兵器をまとめてただちに撤退すべきであり、朝鮮は一日たりとも早く自主的・平和的に統一されるべきである」
 そして、この小冊子には、米国が朝鮮戦争を引き起こし、停戦協定が結ばれた後も、米国が朝鮮の南北の分裂を固定化させるためにはたらいたさまざまな悪事の証拠写真が載っている。
 朝鮮を侵攻するために南朝鮮傀儡とアメリカ帝国主義者との間に交われた密書と戦争挑発を示唆したダレスの秘密書簡、アメリカ帝国主義侵略者によって作成された朝鮮に対する侵攻作戦図、1954年アメリカ帝国主義が朝鮮の分裂を固定化するためジュネーブ会議での朝鮮問題の討議を一方的に破綻させた時の写真、1955年アメリカ帝国主義侵略者が南朝鮮で活動する中立国監視委員会視察班のポーランド成員を殺害する陰謀行為をはたらいた時の写真、1976年アメリカ帝国主義侵略軍が共同警備区域内の木を切り倒し朝鮮側の建物と遮断施設を破壊して重大な挑発行為をはたらいた「板門店事件」(ポプラ事件)の写真など……あげればキリがない。

 停戦協定調印場では、朝鮮戦争時の写真や資料が多数展示されている。
 軍事停戦委員会の会議室では、かつて北と南の軍事問題が協議されていたが、「板門店事件(ポプラ事件)」以来、行われていない。
 一触即発で流血の惨事になる危険な区域にもかかわらず、朝鮮側の兵士は友好的で呑気な雰囲気があって、あまり緊張感を感じなかった。
 それに対し、韓国側の兵士たちは直立不動の姿勢で厳重にこちらを見張っていて緊張感がみなぎっていた。韓国側の基地では、米国が北朝鮮に向けて核や大量破壊兵器を配備している。韓国側から旅行者が板門店を見学する場合、服装に関する注意や誓約書への署名などがある。
 「我々は常に脅威にさらされています。そのため、こちらも自衛のために軍事力を強化せざるを得ないのです」というガイドの言葉が心に残った。

 1972年に朝鮮と韓国は、北と南を自分たちの手で統一しようと、「祖国統一3大原則」に合意した。それは、自主(北と南が統一の主人になる)、平和(平和的交渉)、民族大団結、という3大原則だった。
 1980年代には、故・金日成氏が韓国に「連邦統一法案」を提案した。「連邦統一法案」とは、北も南も制度はそのままに残し外交と軍事を一つにまとめて連邦国家をつくろう、というものだ。
 2000年6月には、韓国の金大中大統領が訪朝し金正日氏と対面し、将来の統一に向け協力をしていく南北共同声明に署名した。
 板門店と平壌を結ぶ道に、韓国と平和的に協調して朝鮮を統一させる意思を表明したモニュメントがある。
 要するに朝鮮は、韓国と合意した「祖国統一3大原則」、故・金日成主席が提案した「連邦統一法案」に基づいて、北と南の統合を自分たちの手によって平和的に行いたいのだ。
 それを横から米国が軍事介入して破壊し、北と南の平和的な統合を邪魔しているのだ。

 韓国側から歌や音楽のような放送が流れていた。内容を聞くと、韓国側から「韓国は自由で良いよ、どうぞこちらに亡命してきてください」という勧誘の意味の歌であるそうだ(最近は勧誘の意味の放送が少なくなってきたとガイドが言っていた)。同じような意味の放送を、朝鮮側も韓国に向けて流していた。

 故・金日成主席が亡くなる直前に残した文字を刻んだ大きな親筆記念碑があった。
 ガイドは言った。「故・金日成主席は、分断された朝鮮を統一するために生涯を捧げられた偉大な方でした」

 危険な区域でありながら、豊かな自然に恵まれ多くの野鳥が生息している。
板門店の出入り口 兵士さんと一緒に
模型を使って解説 兵士さんに軍事境界線のある区域に案内していただく。
朝鮮戦争の資料が多数展示されている。 故・金日成主席の親筆記念碑(名前が書いてある)
故・金日成主席は、分断された朝鮮を統一するために生涯を捧げた。
軍事境界線
向こうの大きな建物は韓国側
軍事停戦委員会の会議室
ここで北と南の軍事問題が協議されていたが、「板門店事件(ポプラ事件)」以来、行われていない。
兵士さんの案内で軍事境界線のある区域から出て行く。 開城(ケソン)に向かう道
韓国と平和的に協調して朝鮮を統一させる意思を表明したモニュメント

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15.開城(ケソン)