12月29日(月)「イラン大地震/バムの崩壊」

 イラン南東部で大地震が起きた。イラン旅行では一番印象に残り大好きだった土の廃墟の街跡があるバムが、完全に崩壊したと聞いてショックを受けた。また行きたいと思っていたのに。
 しかも死者数は3万人にのぼるのではないか、というニュースを聞いて胸が痛い。

 97年にイランで現地の家族にお世話になった時のことだ。みんな、カセットデッキから聞こえてくる歌を聞いてとても感じ入っていた。歌詞を尋ねたら、それは次のような意味だった。「僕の兄弟はみんな戦争で死んでしまった。洪水が起こり家やお金や物はすべて流され、親戚も親も亡くなった。何もない。僕は一人ぼっちになってしまった」
 とても悲しい歌詞で、その時は(イランの人たちはどうしてこんな悲しい歌に心打たれるのだろう)と不思議に思った。あまりに絶望的な歌ではないか、と思った。
 当たり前のことだが、観光とイランを母国として住むこととはまったく意味が違う。
 観光はいわば余裕ある時間とお金から生まれる。しかしイランに住む人々は死と隣接して日常を送っている。戦争の痛手を負い、制度や貧しさから、生活にさまざまな不都合(現地の人は不都合だとは思っていないだろうが)が生じる。崩れやすい日干し煉瓦の家に住むというのも、その一つの例だ。
 それでも、彼らは家族やアッラーに感謝して明るく生きていた。政治には不満を持ちながらもイランを誇りに思っていた。正直さや気持ちを大事にして家族や友人を思いやり、一緒に遊び、楽しく真面目に働いて生きていた。
 旅行者に親切で、お世話になった家族に宿泊費を差しだそうとすると、顔を赤くして「そんなのいらない。気持ちだよ。お仕事で泊めたのではない」と怒っていた。
 結局ただでお世話になった。
 そんな人々が一夜にして何万人も亡くなった。
 今でも信じられない。なんだか怖い。

 日本政府はイランに8300万円無償供与する。しかしイラク戦争のために米国には5500億円も無償供与をした。まったく微々たる援助だ。お金の使い方がまともではない。私は税金を戦争に使って欲しくない。5500億円をイラン大地震の援助やその他の第三世界への支援に使って国際貢献をして欲しい。

日本赤十字のイラン南東部大地震救援・義援金の募集】
1.受付期間
  平成15年12月29日(月)〜平成16年1月30日(金)

2.受付方法
  郵便振替(手数料は無料です)
  口座番号 00110−2−5606
  口座名義 日本赤十字社
  振替用紙の通信欄に「イラン南東部地震救援」と明記してください。

日本ユニセフ協会のイラン地震緊急募金の募集】
募金受付郵便振替口座:00190-5-31000
(財)日本ユニセフ協会
(通信欄に「イラン地震緊急」と明示)

【在日イラン大使館のイラン大地震義援金の募集】
東京三菱銀行虎ノ門支店
普通預金口座1647375 イラン大使館



12月16日(火)「朝鮮旅行記(2003年12月3日〜12月6日)」

 先日、三泊四日の観光ツアーで北朝鮮に行ってきた。
 写真も添えて北朝鮮旅行記を書くつもりなのだが、とりあえず文章だけをHPにアップしておくつもりだ。
 一度に書けないので、少しづつ書いていこう。

 日本では毎日、北朝鮮について報道されている。拉致問題、核疑惑、貧困、飢餓、舞台での子供たちの強制されたような画一的な作り笑い、引田天功の身辺に起こる北朝鮮がらみの奇怪な事件など、不気味で暗いニュースばかりである。独裁政治で人々をマインドコントロールしていて、国家に背く思想を持つと死刑になるという、不気味な面ばかりが強調されている。
 私が、北朝鮮に旅行する、と言うと友人や知り合いは、「なんでまたそんな所に?」「大丈夫? 拉致されないように気をつけてね」といった反応をする。北朝鮮に好意的な人は皆無に近い。
 私も、北朝鮮に観光に行かないか、と人から誘われた時、不自由で不気味な国には行きたくない、と少し戸惑った。が同時に、日本ではメディアの情報がもたらすイメージばかりが氾濫していて、私は北朝鮮について何も知らない、北朝鮮の本当の姿はどうなのだろう、という好奇心もあった。
 たったの三泊四日の旅なのだから、自分の目で確かめてみよう、と決心した。
 思いのほか、この短い旅は私の北朝鮮に対するイメージを大きく変えた。
 私は日本のテレビ、新聞、北朝鮮についての本から、北朝鮮の人々は金日成・金正日父子体制の圧制下でさぞかし不自由な思いをして暮らしているのだろう、旅行者に対しても厳重に管理の目を光らせているのだろうと思い込んでいた。
 しかし実際は私が思い込んでいたものとどこか違うような気がした。そこで私は現地のガイドにいろいろ尋ねてみた。するとガイドはびっくりした表情で語気を強めて言った。
「あなたは『胸の金日成氏のバッジは義務ですか?』とか『夜一人で歩くと危険ですか?』とか私たちが宣伝用のために撮っているビデオを『国家に提出するのですか?』とか聞きますけど、それほど独裁的ではありませんよ。私たちは、国から圧力などかけられていません。この胸のバッジは、気持ちなんです。故・金日成主席への気持ちなんです。この気持ちを、簡単には説明できません。朝鮮の歴史や故・金日成主席が私たちのためにしてくださったことを知ると、敬意を表さずにはいられないのです」
 ガイドは心から故・金日成主席を尊敬していた。また日本で報道されている北朝鮮の悪評についても知らなかった。
 私は、日本で報じられている北朝鮮についての記事の内容を言うと、ガイドは首を振りながら、「日本のメディアは朝鮮をねじ曲げて報道している。残念だ。だからもっとたくさんの日本人に観光に来てもらって実際の朝鮮を見てもらいたい」と言っていた。
 それでも私は、北朝鮮の人々が金日成・金正日父子体制に従順なのは、金日成・金正日父子を怖がっているからだと思った。それを伝えると、ガイドはショックを受けたようで言葉を失って俯いていた。
 実際に、故・金日成主席のバッジは任意でつけるものであり、つけていない人もいた。私は、日本の北朝鮮についての本や雑誌や新聞をガイドに差し上げたが、日本で報じられているほど不自由で規制が厳しいとは思わなかった。
 小さく貧しい国で、市民は純朴に故・金日成主席と金正日総書記を信じて真面目に働き、平和を愛して一生懸命に生きようとしていた。
 年間3万人という多くの自殺者が出ていて、虐めや学級崩壊、引きこもりや青少年の凶悪犯罪、ホームレスが増えている日本よりは、平壌の市民の方が心の満足度が高いように思われた。ガイドは、朝鮮の学校では虐めや学級崩壊などない、働かなくては食べていけないから引きこもりもない、自殺者も少ないと言っていた。乞食やホームレスなども見かけなかった。
 今でも脱北者はいるけれども、反国家思想のためではなく食糧不足のためだ。地方では、食糧配給が滞りがちだと言っていた。
 平壌では、普通の生活水準が保たれているそうで、1999年までの飢饉の問題がドラマになっていて、市民は楽しみながら鑑賞し教訓を得ているそうだ。
 人びとは親切で、みんな、「今は難しい時期だけど、本当は日本と仲良くしたい」と言っていた。
 兵士たちも友好的で親切だった。
 反日感情はほとんどないか、あってもソフトなものであり、それよりも米国に対しての敵対心が強かった。
 また、北朝鮮が南(韓国)と北(自国)に分断された悲しみ、自分たちを利用して朝鮮戦争を起こした米国(と北朝鮮の人は言っていた)への憎しみ、故・金日成主席・金正日総書記への心からの尊敬(金日成・金正日父子の独裁政治に政策ミスがあるかもしれないという疑いはまったく持っていなかった)、これまで歴史的に北朝鮮から他国に侵攻して戦争を起こしたことがない誇りがあった。
 米国が、韓国の基地に北朝鮮に向けて核を配備したり軍事演習をしたりして脅かしているから、こちらも自国を守るために軍事力を強化せざるを得ないのだと言っていた。
 米国が核などの軍事力で北朝鮮を脅かしていながら、「北朝鮮が核開発している」と非難するのは理不尽だ。
 双方とも、核を廃棄すべきだ。

 拉致問題については、「拉致することは絶対に許される行為ではなく自国も反省している、しかし日本は彼らを一時的に北朝鮮に戻らせる約束を破っている、感情的で冷静さを欠いた判断だ」と言っていた。
 「その約束が果たされた後に、日本に帰国したい人は日本に帰して、責任をとるつもりだ」と言っていた。
 拉致は悪いことだ、と在日北朝鮮人を妻を持ち朝鮮語の翻訳業をされているY氏に言うと、Y氏は次のように言っておられた。
「朝鮮は今だに戦争の痛手を負っている。旧ソ連など共産圏などの崩壊による経済困難、日本と国交は途絶え、韓国、米国とも対立していて、国際的に孤立している。日本にとっては第二次世界大戦はとっくに終わったことだが、朝鮮にとっては戦争は今なお続いているのだ。その認識の違いを理解しなくてはいけない」とおっしゃっていた。
 私は、北朝鮮が日本人を拉致したのも悪いし、日本が約束を破ったのも良くないと思う。
 しかし、いくら拉致が悪いとはいえ日本が約束を破ってしまうことで、北朝鮮が悪いことを致しました、許してください、と反省するわけがないし、それどころか北朝鮮はよけいに硬化し日朝関係が拗れることは、あらかじめわかっていたことだ。
 日本のやり方は賢くないと思う。
 また、拉致議連や安倍晋三・自民党幹事長などタカ派の政治家たちが拉致問題を政治に利用しようとしている。
 必要以上に、北朝鮮は信用できない、北朝鮮は嘘つきだ、北朝鮮は不気味だ、とメディアを誘導し市民に不安感を与えようとしているのだ。
 そうすれば、タカ派の政治家たちの思惑通りに日本の軍事化が進み、世界に向けて威張ることができる、と考えているからだ。
 そのため、日本のメディアは、北朝鮮の姿を歪曲して報道している。
 北朝鮮の人々は確かに金日成氏・金正日氏にマインドコントロールされているが、私たちもまた、政治家やメディアにマインドコントロールされているのではないだろうか。

 大韓航空機爆破事件も、実は韓国側の捏造ではないか、という疑惑が出てきている。(この問題についての本はすでに韓国で出版されていて日本でも出版されるそうだ)

 北朝鮮だけが、嘘つき国家であるわけではない。(米国の方がよほど嘘つき国家だ)
 北朝鮮も、米国の軍事力から自国を守ろうとしている、貧困から脱皮してなんとか生き延びようとしている、他の国と変わりがない。

 もっと、日本の人々に素直な目で北朝鮮を見て欲しいと考えて、私がこの短期旅行で見たもの、感じたこと、そのままをここに記しておきたい。

 12月3日(水)
【平壌(ピョンヤン)到着】
 夜、ようやく平壌(ピョンヤン)に到着した。とても寒く、気温はマイナス4℃。朝夕の気温の差が激しく、厳冬期にはマイナス20℃以下にもなるという。
 空港では、黒い毛皮風の帽子を被り、膝下までの紺色のコートを着た女性や軍服みたいな制服を着た男性の職員たちが働いていた。
 働く男女の比率は同じぐらいで、北朝鮮の女性は出産後も子供を託児所に預け男性と同じように働く。
 どの職業も、一日の労働時間は8時間ぐらいで、土曜日は午前中まで働き、午後の二時間は職場での勉強時間となっている。
 職業はある年齢になると自分の希望する仕事を国に伝え、その後に国から適切な仕事を与えられるそうだ。市民の希望はある程度叶えられ、私たちのガイドも満足しているようだった。やはり能力と適性がないと、自分の希望する仕事と国から与えられる仕事が一致しないらしい。
 定年は男性は60才、女性は55才である。
 空港や店の女性職員は丁寧にお化粧をしていて、肌つやも良く、ひもじい暮らしをしているとは思えない。ガイドの話によると、前述したように、食料は不足しているが、平壌では普通の生活水準が保たれているそうだ。
 電力事情は悪く、市民の住宅では1日に2回は停電するそうだ(それでも最近は電力事情が以前よりは良くなったと言っていた)。

 あまり待つことなく税関を通り抜けて外に出ると、私たちの観光バスが待っていた。
 このツアーには、十人の旅行者が参加していて、二人のガイド、添乗員、カメラマン、運転手の計五人が付き添う。そのうち四人は現地の北朝鮮人だ。一人は在日北朝鮮人の添乗員で関西空港から私たちに付き添っていた。全員、キムさんという名前だった。二人のガイドのうち、五十才ぐらいの痩せたキムさんが主に説明をしていた。
 バスの中で、キムさんは次のように言われた。
「日本と朝鮮の関係は、政治的にとても厳しい状況になっています。でも私たち朝鮮人は本当は日本と仲良くしたい。朝鮮のことをもっとよく知ってもらいたい。ですから、このような観光ツアーによって、民間レベルから交流をしていきたいのです。どうぞよろしくお願いいたします」
 現地では、北朝鮮という言葉は使わない。共和国、もしくは朝鮮と呼ぶので、今後は、朝鮮と表記することにする。
 夕食は、清流食堂で「チョンゴル」を食べた。
 建物内は、うす暗く寒く閑散としていて土産を売っている店にもお客がいなかったが、料理が並んでいる部屋は暖かく照明がありレストランらしい雰囲気だった。
 ツアーに参加した人々の職業は、看護婦、京都大学の先生、弁護士の卵、公務員など様々で、メディアでいろいろと北朝鮮のニュースが流れているが、実際の姿はどうなのだろう、と興味と好奇心を持って参加されていた。
 宿泊ホテルは、羊角島(ヤンガクド)ホテル。47階建ての最新式ホテルで、地下にはサウナ、ボーリング場、ビリヤード場、カジノ、プール、お土産店があったが、お客は少なく閑散としていた。
 最上階は展望回転レストランになっていたが、やはりお客が少なく、誰もいない空間の向こうに平壌の夜景が見えた。
 ホテル周辺には広いミニゴルフ場もあったが、一人もいない。今はオフシーズンなのだ。三日目にはうっすらと雪がかかっていた。
 室内は、日本の一流ホテル並で、水回りも良かった。テレビでは衛星放送を見ることができて、日本のNHKニュースもやっていた。しかし朝鮮の市民は、衛星放送を見ることはできない。国家幹部は、衛星放送で日本のテレビ番組を見て情報を得ているのだろうが。エレベーターは古くさく、時々故障しているようだった。

 12月4日(木)
【平壌の街並み】
 朝食は、タラのフライ。
 私たちが泊まった30階の部屋の窓からは、薄もやの中にコンクリートの建物が密集している街が見えた。
 観光バスの中から眺める街並みはとてもきれいだった。
 どの建物もコンクリートのビルで高くて大きいのだが、道路がとても広く、街全体が広々としていて空が大きく見える。しかもイチョウや杏やプラタナスなどの街路樹が沢山植えられていて、街全体が公園のような景観だ。今は冬で枯木ばかりだが、春になったらもっと美しいだろう。
 舗装された道路はでこぼこで建物も古くて安普請だが、電飾看板や歓楽街がなく、建物の色や配置など計算されて街が作られ、きれいに清掃されているので、気持ちが浄化される。その上、自分の車を持ち運転できるのは国家の幹部などごく限られた人たちなので、車の台数も非常に少ない。
 車が少ないのに、なぜ道路だけがこんなに広いのかというと、有事の時に軍用機の滑走路としても使用されるらしい。街の美しさについて、ある観光客は、「平壌は北朝鮮のショウウインドウと言われている。見栄っ張りなんだよ」と言っていたが、私は、金正日氏の芸術家としての感性の現れではないか、と思う。
 街のあちこちに、故・金日成氏の肖像画などの絵画が掲げてあったり、モニュメントが建てられていて、芸術と自然が溶け込んだ美しい街なのだが、芸術が金日成・金正日父子体制の人民統一のために利用されているのが残念だ。
 また、「勝利通り」「英雄通り」「革命通り」「楽園通り」「青春通り」など、通りの名前が面白い。
 朝鮮は、社会主義国なので住宅や車は国の所有であり、市民に貸し与えられる。住居の広さは、3間が一般的で、希望する場所や広さなどを政府に申し込む。政府は、国への貢献度、家族の人数によって市民に住居を貸す。何度も繰り返して政府に申し込み熱心に希望すれば、希望する住居が与えられる確率が高くなる。医療や教育は無料であり、文具や食料は安い。店も国営だが、お客は少なくガラガラに空いていた。人々は農民市場で買い物をするようだ。価格は国営の店と同じだが、ディスカウントがある。白菜一個が15円、米一sが20円で自国の農産物は安いが、リンゴは100円以上するなど、輸入の果物は高い。一般市民の給料は1ヶ月2000〜3000円ぐらい。衣服や靴は2000円以上するそうで、高くてなかなか買えず、市民の間で譲り合ったりしているそうだ。
 私たちは、ホテルの中にある店や外国人向けの高い商品しか置いていない店にしか行けなかった。朝鮮人参を買おうと思ったが7000円もしたのであきらめた。コートは3000円ぐらいだったが、中には13000円のコートもあり、お酒やお菓子などの価格も日本と同じぐらいだった。
 お金の単位はウォン。100円が125ウォン。値札には、ウォンとユーロで表示してあるが、日本円も使える。
 国際電話は、1分500円ぐらいだった。
 農民市場に行きたいとガイドに言うと、今度から行けるように努力します、とおっしゃっていた。

【金日成・金正日父子への信心】
 私は、朝鮮に来る前はてっきり、人々は金日成・金正日父子への尊敬や賞賛を義務づけられているのではないか、と思っていたが、それは誤りだった。
 大部分の人々は、金日成・金正日父子を心から尊敬・賛美していて、心の支えにしているのだった。
 多くの人々は、金日成氏の顔写真が印刷してあるバッジを胸につけているのだが、義務ではなく、階級を示しているのでもなく、前述したように任意でつけているのである。
 金日成氏はいかに高潔な人物であるか、いかに朝鮮を愛し多大な貢献をしてこられたかを子供時代から教えられ、すっかりそれを信じて大人になっているのだ。
 サブタイトルを「金日成・金正日父子への信心」としたのは、金日成・金正日父子と民衆との関係が、まるで金日成・金正日宗教の教祖と信者のように思えたからである。
 社会主義国なので、人々は私有財産を得るために競争したり人を騙したり蹴り落としたりすることを知らず、純朴に金日成・金正日父子を信じて、真面目に働き、人生とはこんなものだとそれなりに満足して生活しているのだ。
 家族の間でも、金日成・金正日父子を批判する人はいない。在日朝鮮人を妻に持つ朝鮮語翻訳家のY氏は、日本から帰国した朝鮮人が家族内で国家の幹部の行いに不満を漏らすことはあっても、故・金日成・金正日父子を批判することなど思いもよらない、と言っておられた。
 反国家の思想を持つと罰せられるせいか、日本にいるようなヤクザや暴力団は存在しない。
 そのため、治安は非常に良い。ガイドのキムさんは、「夜の10時ごろ女性が一人外を出歩いても、襲ったり、ひったくりをしたり恐喝する奴なんてまずいませんよ。安心してください。治安は世界一良いですよ」と言っていた。
 朝鮮で、麻薬をしたり、麻薬の売買をする人はいないが、国家が外国と麻薬の取引をしているという明暗のはっきりとした国だ。
 まあ、それだけ貧しい国だということなのだろう。

つづく
 後記:今後は下記の朝鮮旅行記のページに書いていきます。興味のある方はこちらをお読みください。

http://www.naoka.net/korea/korea.html



2003年12月9日(水)「自衛隊派遣反対/自民党・公明党と棄権者たちの犠牲になって死にたくない」

 イラクに自衛隊派遣されようとしている。
 アル・カイーダ系組織は、「日本がイラクに自衛隊派遣するなら、我々の攻撃の手は東京の心臓部に達する」とテロを警告し自衛隊派遣を強く牽制した。
 この間の総選挙の棄権率は半数近かった。投票したい政治家がいないせいかもしれないが、それは単なるニヒリズムである。この約半数の人々がもしも小泉首相・自民党・公明党以外の政党に投票していれば、自衛隊派遣して戦争にのめり込んでいく危険を防げただろう。結局は、有権者の一人一人の責任なのだ。
 しかし戦争反対の私は、小泉首相・自民党・公明党の支持者と棄権した人々の犠牲になって死にたくない。
 石原慎太郎都知事は「イラクに派遣した自衛隊を攻撃するやつがいたら、殲滅してやればいい。日本軍は強えんだから」と言っていたが、それなら先日イラクで殺された日本人外交官の代わりになってお前が撃たれれば良かったのに、と言いたい。
 創価学会は、平和や戦争反対を掲げているのに、なぜ公明党を支持しているのだろうか。池田大作は、戦争にのめり込む政党を信者が支持するのを、なぜ許しているのだろうか。彼らの正義とは、口先だけではないか。



2003年11月28日(金)「『アユの物語』Yoshi著 発行:スターツ出版」

メールマガジンより

こんにちは。
すっかり寒くなりましたが、皆さんお元気ですか。
私は元気ですが、本とイラン映画と手織りをこのメールマガジンのみでご紹介するのは少し難しく感じてきました。
そこで、手織りの新着情報については新しくメールマガジンを作ってそこでご紹介することにします。
このメールマガジンでは、次回から本とイラン映画のみをご紹介します。
もし手織りの新着情報を得るためにご購読いただいていた方は、お手数をかけて大変申し訳ないのですが、来月から発行予定の「絵布」のメールマガジンにご登録いただければありがたく存じます。
今月は、冬のアクセサリーにもなるお洒落なマフラーを2点、渋めですが温もりのある色合いのマフラーを1点アップしました。
関心のある方はこちらへ。
http://www.naoka.net/shop/shop.html

今日は、「アユの物語」(Yoshi著 スターツ出版)をご紹介します。
これはアマチュア作家が自費出版した携帯小説で、たちまち100万部以上売れ、その後出版されたこのシリーズ本も50万部以上も売れている、高校生に大人気の本です。
売り上げだけは、文芸部門で一位だそうです。
さらに映画化されてビデオやCDが発売され、海外でも翻訳されて韓国・台湾・中国・ロサンゼルスなどで発売されます。
著者はついに大正大学の客員教授として招かれたりしています。
まるで夢のような幸運ですね。
そこで、一体どのような内容なのか、古本屋で見つけたので読んでみました。
短い文章であらすじを追い、主に説明と会話で書かれている読み物でした。
陳腐な比喩や言い回しが多く使われ、描写も少なく、語りが登場人物の心理をいちいち説明するので辟易しました。
あらすじは少し作為的なところが鼻につくのですがけっこう面白かったです。
小説としては不完全だと思いますが、なぜか大多数の人々に支持されています。
あらすじはこうです。

アユは17才の高校生で援助交際をしている。
一回5万円で、それ以上のお金をもらったらゴミ箱に捨てる。
お金欲しさというよりは、生きることに希望をもっていない。
貞操を守ること、学校に行き勉強すること、教師や両親を尊敬すること、生きることに意味を見出していないのだ。
教師の道徳的な言葉など、単なる言葉だけで空虚だと思っている。
だからアユは、大人とセックスをしてはお金を貰っている。
大人は才能を売って金にしている、アユも才能を売っているだけ、と。
ある日アユは道ばたで掃除をしているおばあちゃんと出会う。
偶然、舌が切れている犬パオとも出会う。
アユはパオをおばあちゃんのところに連れていき飼ってもらうことにする。
おばあちゃんには、言葉だけのバカな大人たちと違い、アユとパオをいたわるように包み込む優しさがあった。
アユはおばあちゃんの家に転がりこみ同居するようになる。
ある日、ホストをしている恋人の健二がトラブルを起こして200万円貸してくれ、とアユに懇願してくる。
アユは、おばあちゃんの家から200万円をこっそり盗みだし健二に渡す。
そのお金は、おばあちゃんの養子だった息子が心臓病であったため、手術代としておばあちゃんがこつこつ貯金したものだった。
養子の息子は、今はエゴイスティックな実父に引き取られて愛のない家庭にいる。
アユはお金を盗ったことを、おばあちゃんに白状する。
「おばあちゃん、ごめんね、必ずお金を返すから」
「いいのよ、まだ学生でしょ」
「私体売っているから」
おばあちゃんはショックを受け黙り込む。
翌朝アユが起きると、おばあちゃんは亡くなっていた。
訪れる人のいない葬式を終えたところに、酒の匂いがする男と少年がおばあちゃんの家に入ってきた。
男は拝む様子もない。
少年の目からは、きれいな涙がこぼれ落ちていた。
これがアユと心臓病の少年との出会いである。
アユはパオと一緒におばあちゃんの家に住み始める。
おばあちゃんの遺志を受け継いで、援助交際をやめて、居酒屋で働いた。
働いて、おばあちゃんが貯金していた額のお金を返すつもりで、その少年に届けるつもりなのだ。
少年は義之といい、二人は公園でデートをしていろんな話をする。
義之は沖縄に行ってみたいという夢を持っている。
いつしかアユは義之に惹かれるようになっていた。
アユはなんとか義之を治してあげたいと一生懸命に働き、毎月の給料を義之の父親に預けに行く。
義之の夢を叶えるために、アユは食事も削って働き、やがて二人で沖縄旅行をする。
プラトニックラブだが、これが一番幸せな思い出となった。
アユと義之が帰ってくると、義之の父親は怒った。
「義之を勝手に外に連れ出すな!」
「お願い、義之に優しくしてあげて。お願い」
「お前次第だ、一度お前みたいな高校生とやりたかったんだ」
と義之の父親はアユにセックスをせまる。
アユが拒むと、「義之がどうなってもいいのかよ」と父親は脅す。
二人はセックスをした後、父親は「お前、体を売れよ」と言う。
アユは、体を売った方がお金になるので、再び援助交際を始める。
援助交際で入ったお金を義之の父親に預けに行く日々。
だが実は、義之の父親はそのお金を使い込んでいた。
一方アユは、義之の手術代を稼ぐために、男とのセックスを繰り返していた。
ついにアユはエイズになり、体が衰弱し、クリスマスの日に死んでしまう。
パオも後を追うように、死んでしまった。
義之の父親もエイズに感染していて、自殺した。
義之はアユの死を知らされて悲嘆に暮れ、沖縄で見た空を最後に空を見ようとはしない。
アユの親友レイナも援助交際をしていたがレイプされて妊娠し出産する。
アユの死を知り、子供をアユと名付ける。
レイナは、アユの墓の前でアユの父親と会う。
アユの父親は多額の借金をして離婚し,アユがどんな生活をしていたかを知らなかった。
母親はアユを連れて再婚したが、金欲しさにアユの体を義理の父親に売った。
アユは義理の父親と兄と兄の友人に犯されお金をもらい、母親は自殺した。
義之は心臓を手術して、この汚れた時代にアユが見たものは何か、それを知るためにこれからも生きようとする。

ざっとこんなあらすじでした。
とても感動したという女子高生が多いそうなので、内側にアユのような孤独と純粋さと優しさを秘めている女の子が多いのかな、と思いました。
古典文学の中にも、神話や童話や千夜一夜物語など、物語の文学はあります。
しかし「アユの物語」の場合は小説のできそこないみたいな作品なので、本をあまり読まない書き手が短い文章で筋を追いながら書き、同じように本を読まない人々にオオウケした、という印象を受けました。
この読者の多さはまるで、小説の描写を読むのが面倒くさい、という活字離れ・文学離れをしている若者の気持ちを示しているようで、不気味なものを感じます。
(読者が多いのは羨ましいですが)

----直伽の五段階評価----

エンターテイメント度<★★★★☆>
芸術度<☆☆☆☆☆>
テーマ度<★★★★★>
文体のパワー度<★☆☆☆☆>
勉強になる度<★★★★☆☆>
元気アップ度<★★★★☆☆>

【イラン映画情報】
第4回東京フィルメックス(新・作家主義国際映画祭)
11月22日(土)より11月30日(日)の9日間、有楽町で開催される第4回東京フィルメックスにおいて、イラン映画の新旧傑作が計11作品上映されます。
特に、今年はイスラム革命前のイラン映画特集が企画され、イラン・イスラム共和国大使館、イラン国立フィルムアーカイブ、青少年知育協会などの協力により、1960〜70年代の長編2作品、中短編5作品が上映されます。
またいつ上映されるかわからない作品ばかりです。コンペティション部門でも3本、特別招待部門で1本のイラン映画が上映されます。
http://www.filmex.net/index-j2003.htm

【気になる映画情報】
『移住41年目のビデオレター・グアタパラ編』制作・構成・撮影・編集・報告:岡村淳
概要:1980年代に始まったブラジルから日本への出稼ぎのパイオニアとなった小島忠雄さんは、第二次大戦後のブラジル移住者だ。
現在はサンパウロ州奥地の日本人村で、日本でブームとなっている健康食品のキノコを栽培している。
ブラジルと日本を往来する小島さん一家の歩みと今を見つめる、移民の側からの移民の映像記録。
12月6日(土)19:00〜
会場:国立オリンピック記念青少年総合センター センター棟310号室
小田急線参宮橋駅か千代田線代々木公園駅が最寄り。
問合わせ先:info@nippaku.or.jp 当日問い合わせは03-3222-3966
会費:学生無料、社会人千円(制作者へのカンパとなります)
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平和行動・イベント・講演などのスケジュール
http://www.mkimpo.com/calendar/webcal.cgi
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<イラク反戦>世代の考え、そしてそして行動するためのメールマガジン
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Renge/8290/TuP.htm
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メールマガジン「イラン映画を知ろう」(イラン映画の情報が得られます)
http://ml.excite.co.jp/cats/entertainment/movie/movie/docudrama-freeml.html
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メールマガジン登録と解除は下記のホームページへ
http://www.mag2.com/m/0000110742.htm



2003年10月24日(金)「日本社会と文学の問題」

 日本の社会が抱えている問題は、文学の問題でもある。
 私が感じる日本社会の問題は、本心と本心との良い出会いが非常に少ない、ということだ。
 本心というものはないと思われていたり、軽視されていたりする。
 そのため、日本の人々の心は自信がなくいい加減で、大きく見えるものや大多数にすぐに流されてしまう。
 本当に好きなものがわからない、どっちに行って良いのかわからない、一人では声を上げられない、という人々の自信のなさを企業や商売人が利用して儲けたり、政治家が利用して世の中を動かしている。
 自信のない曖昧な人々に、人工的に方向性や欲求を与え煽動していくのだ。
 だから、若くてカワイイ女の子が文学賞を取ると、すぐに持ち上げる。
 ベストセラーだというとすぐに人々が飛び付く。
 声と態度がでかい政治家に人々はすぐになびく。
 島田雅彦さんの態度にも、そういった人々の軽薄な精神をうまく利用して、ファンを獲得し人気を得ようとするのを感じる。
 去年行われた小説家たちの競り売りのイベントでも、小説家がまるで河原乞食みたいで、滑稽に思えた。
 好きな小説家のものなら何でも欲しいという錯覚と陶酔の心理にかられたファンも滑稽なのだが。
 やっぱり小説家は別なところで生活費用を得て、毅然とした態度で言葉の力で人々を正しい方向に覚醒させていくべきではないだろうか。
 顔と頭の良い作家やアイドルに群がる盲目的なファンのように、内面が空白で、自分の考えや感じ方を他人に預けてしまい巨大な力に流されることで日本の経済が活性化し発展してきた。
 日本ではこういった構造に組み込まれないと食べていくのが難しいし、孤立して生きにくくなる。
 このように日本の資本主義の経済のあり方と人々の内面の空洞は密接に結びついている。
 このことと、心の機微を描く文学が価値を持たなくなり廃れてきたことには密接な関係がある。
 内面や心というものが軽視されてしまったから、人と人との出会いや、人と本との出会いもなくなってきたのだ。
 たとえ本が売れても、人と本が深いところで出会っていることは少ない。
 ベストセラーだから読んでみただけ、賞を取った本だから読んでみただけ、という表層的な体験に過ぎない場合が多い。
 これは人間関係にも言える。
 男と女がつき合っていても、カワイイから、カッコイイから、セックスしたいから、お金を持っているから、才能を持っているから、つき合っているだけのことが多いのだ。
 そういった条件を失ったり、老いて病気になったり無力になったら、相手にされなくなることが多い。
 つまり“愛”や“恋”という言葉が氾濫しているわりには、本心と本心が出会っているわけではないのだ。
 本心などないと思っている日本人の方が多いのだ。
 だから異性と親しくなれずに、独身や離婚が増えているのだろう。

 イランでは少し違う。
 イランでは気持ちや感じ方を大切にする。
 心が触れ合うことや話し合うことや人々が一緒に過ごしてコミュニケーションを計ることに価値を置いている。
 だから、人と人との出会い、人と本の出会いが、日本よりはずっと頻繁にあるのではないだろうか。
 イランの男女の結びつきには、人間としてのつながりがあり心があると思う。
 また一般の多くの人々が、ハーフェズやルミの詩などを口ずさんでいる。小説の数は少ないが、文学の言葉が一般の人々の心に浸透しているのだ。
 日本人よりはイラン人の方が、心が暖かく人生に満足している人が多いのではないだろうか。
 私は幸せだ、という声をイランではたびたび聞きた。

 一方で、日本では、幸せな人生を送っている人は少ないように思う。
 生活のために忙しく働いて、心が触れ合うような人間関係も希薄で、寂しい人が多い。
 本心を隠して働いている人が多いし、気持ちを見せ合うような人間関係も希薄だ。
 嘘をつかないと生きていけない国なのだ。
 イランでも、本心を隠さないと生きていけないところはあるが、同時に自分の気持ちを伝えて信頼し合う人間関係も築かれているので、人生に希望を持っている人が多い。
 日本では、自殺率がとても高い。
 日本では、仕事や若さや健康を失ったり、虐められたりすると、それを埋める人間関係が希薄なために、簡単に孤独と絶望の淵に落とされてしまう。
 生きる希望を持ちにくいために、自殺率が高いのだ。
 この社会構造を変えるためには、一人一人が賢くなり、自分の欲求に目覚め夢を実現し、自分が生きやすくなるために政治について考えたり行動することが必要だ。
 自分の欲求や夢がある程度満たされると、他人や世界の人々の幸せも心から願えるのではないだろうか。
 自分が満足していないのに、他人や世界の人々の幸せを願える人もいるかもしれないが、心からの深い思いやりは、温度のように自分が暖かくなることで周囲に波及していくものではないだろうか。
 老いて死ぬという現実と向き合い、男も女もゲイも障害者も老人も、誰もが夢や希望を持って充実した生き方ができる社会になるように一人一人が努力すべきだ。


2003年10月23日(木)「『イラン・思考の旅』 秋野深著 発行(株)サイブロ」

メールマガジンより

こんにちは。
寒くなってきましたが、皆さんはお元気でしょうか。
私も元気で毎日、小説、手織り、イランについて思い巡らせながら好きなことをして暮らしています。
どれも奥深くて、興味が尽きません。
今回は、暖かいものを、と心を込めて織ったマフラーを二点アップしました。
興味のある方は下記のページにどうぞ。
http://www.naoka.net/shop/shop.html

今日は「イラン・思考の旅」(秋野 深著)をご紹介します。
これは秋野氏が2000年にイランを訪れた時の紀行で、「文学メルマ!」の新人賞・紀行文部門大賞を受賞してオンデマンド出版された本です。
私は1997年の秋にイラン旅行をしましたが、この本は旅行者の視点でイランの様子をかなり詳しく正確に書いてあります。
イランの核心に近づいていく思考にも共感しました。
この本のページをめくるだけで、時間と場所を瞬時に飛び越えイラン旅行の疑似体験ができるので面白いです。
著者によれば、イスラムについての本にこう書いてあるそうです。
人間の時間の過ごし方は、おおむね「仕事」「遊び」「ラーハ」の三つに分かれ、人生において最も大切なのは「ラーハ」である。
そのため「ラーハ」に時間を多く費やすことができるように努力すべきだ、と。
「ラーハ」というのはイスラムの概念で、祈ること、本を読むこと、友人と語ること、学問に励むこと、詩を読むこと、旅をすること、親戚の家を訪れること、散歩をすること、などいろいろあります。
「ラーハ」という概念は、日本にはないですね。
日本では時間の使い方を、「仕事」か「遊び」かという分け方をして、「仕事」に最も価値を置きます。
仕事に費やす時間がとても多く、それ以外はストレス解消として酒を飲んだりスポーツをしたりするわけです。
私には、「ラーハ」の時間を多く持とうとするイラン人の生き方はとても豊かであるように思えます。
著者は、イランで様々なイラン人と出会い話をすることで、イランがいかに複雑で奥深い国であるのかを学んでいきます。
登場するほとんどのイラン人は親切で暖かい人たちでした。
特に親切にイランを案内していたのは、イスラムシャールに住んでいるマソッドという三十才ぐらいの独身男性です。
彼は日干し煉瓦の家に住んでいて、人々は絨毯の上に直接座って食事をするイランの伝統的な生活様式を踏襲していました。
旅の後半にはマソッドとマソッドの友人であるバッハロムと三人でカスピ海まで車で旅行します。
カスピ海近くの街で宿を探すのですが、マソッドが三十才ぐらいの独身男性なので社会的信用がないため、三人とも次々と宿泊を断られる、という場面もありました。
また既婚者のバッハロムは、登場する多くのイラン人と違い利己的で不親切でした。
旅行最後の日は、エクバタンというテヘラン郊外の高層マンションが密集しているベッドタウン的なエリアに住む家族の家を訪問します。
石造りのエレベーターホールがあり、部屋の中は西洋風でテーブルで食事をしていました。
買い物も、バザールではなく、高層マンションが建ち並ぶ敷地内にあるショッピングセンターでするのです。
彼らはインターネットもしてアメリカのCDも買います。
エクバタンはイスラムシャールとは随分違っていました。
その家族は、エクバタンは中流以上の人が住んでいる地域で、イスラムシャールは生活レベルが高いところではなく信仰深い人が多い、貧しい人ほど信仰深いのだ、と言っていました。
著者が、カスピ海では三十才で独身であることが問題で何度も宿泊を断られました、というと、彼らは、このあたりではそんなことはないよ、と言っていました。
同じイランでも、様々な価値観があるのです。
しかしイランのどこに行っても誰もが政治の話をしたがり、人々はイスラム革命後の政権に不満を持っているのです。
彼らは意見を言い合うのですが、イラン人は話し合うという態度が身に付いていて、議論をしても相手の話を理解しようと注意力や集中力や忍耐力を持ち合わせて、何度も表現や話の進め方を訂正して議論を続けていくのだ、と書いてありました。
私はこれを、イラン人の(イスラム精神の)寛容さだと思いました。
私も、日本では学校や職場などで、人に嫌われないように、と気を使って不自由なことが多かったのですが、イランの人々の間ではのびのびと考えや好みを言えました。
彼らは、話し合ったり、心の触れ合いを大事にするのです。
この本の中でも、いろんなところでイラン人が著者に興味を持って話しかけ、いろんな話をするのです。
そして、どうぞチャイでも飲んでください、食事でもどうですか、家で一緒に過ごしましょう、泊まっていってください、ととても親切なのです。
印象に残ったのは、バムの郊外にあるボフ・チャマック村での話です。
百三才のホセイン・アッバーシーさんは、ご高齢であるにもかかわらずとても元気でモスクで働いています。
彼は、九十四才の奥さんと十一人の子供、六十四人の孫、十八人のひ孫に囲まれて幸せ、すべてはアッラーの神のおかげである、と言っていました。
とても広い庭には、ナンを焼くかまどがあり、沢山の種類の果物がなっていて、牛、やぎ、鶏もいます。
ホセインさんは言います。
「ナンがなくなったらこのかまどで焼く」
「食べたくなったら果物は庭からとってくる」
「ヨーグルトもチーズもなくなれば乳を搾って作ればいい」
庭の様子は、栽培しているのではなく、勝手に育ち、勝手に実をつけているような雰囲気がありました。
とても素敵な生活だな、と私は羨ましく思いました。
イスファハンでは、仕事でイスファハンに来ているアリというイラン人と知り合います。
アリは、テヘランでもイスファハンでも人が冷たい、旅行者にだけ親切だ、と言います。
彼は、日本が一番だ、日本に行ってみたい、とついに著者と一緒に日本に行くと言い出します。
その願いは叶わなかったのですが、いろいろなイラン人が登場し、イラン社会の複雑さ・奥深さを窺い知ることができます。
最後に著者は、自分の立ち位置において得られるイランや多くのイスラム国家についての印象や情報は、実はイランの対局に位置するアメリカの厚いフィルターを通ってきたものであることを思い知らされた旅でもあった、と書いています。
そしてこの旅が、まさに「ラーハ」の時間だったのではないか、そんな思いを持てるのはイランの人々のおかげだ、と書いてありました。
イランに行ったことはないが関心のある方、これから初めてイランに行こうとしている方にお薦めです。

秋野深氏のホームページ(本の購入ができます)
http://traveljournal.hp.infoseek.co.jp

----直伽の五段階評価----

エンターテイメント度<★★★★☆>
芸術度<★★★★☆>
テーマ度<★★★★★>
文体のパワー度<★★★★★>
お勉強になる度<★★★★★>
元気アップ度<★★★★★>

【イラン映画情報】
第4回東京フィルメックス(新・作家主義国際映画祭)
11月22日(土)より11月30日(日)の9日間、有楽町で開催される第4回東京フィルメックスにおいて、イラン映画の新旧傑作が計11作品上映されます。
特に、今年はイスラム革命前のイラン映画特集が企画され、イラン・イスラム共和国大使館、イラン国立フィルムアーカイブ、青少年知育協会などの協力により、1960〜70年代の長編2作品、中短編5作品が上映されます。
またいつ上映されるかわからない作品ばかりです。コンペティション部門でも3本、特別招待部門で1本のイラン映画が上映されます。
http://www.filmex.net/index-j2003.htm

【気になる映画情報】
「アララトの聖母」(カナダ)
アルメニアの画家アーシル・ゴーキーの絵画をモチーフに、絵に秘められた150万人ものアルメニア人大虐殺の悲劇と現代の母子のエピソードを交錯させて描いた大作。
宣教師の手記に基づくアルメニア人虐殺の史実を描く。
20世紀の歴史上、いまなおトルコが事実として認めようとしない聖なる山アララトの麓で起きたアルメニア人の虐殺。
エゴヤン監督は、「なぜ虐殺が事実と認められないのか、なぜその拒絶は今も続いているのか、そして拒絶を続けることがどんな結果を生むのかという問題を、すべてこの映画で描かなくてはならなかった」と語る。
2002年カンヌ国際映画祭正式出品作品。
http://www.gaga.ne.jp/ararat/

【平和行動】
◆日時:10月25日(土)開会13:00ピース・パレード14:00〜
◆場所:大久保公園(職安通りハローワーク裏・JR新大久保駅5分、新宿駅10分、西武新宿駅1分)地図参照↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.41.39.044&el=139.42.16.521&la=1&fi=1&sc=3
◎歌:生田卍/発言:JVC、他
【米国のイラク派兵要求に対する日韓民衆の共同宣言】発表
◆パレードコース:大久保公園→靖国通り→防衛庁正門(要請文提出)→外堀公園(市ヶ谷側)
主催:実行委員会戦争反対、有事をつくるな! 市民緊急行動、平和フォーラム、ATTAC Japan、日本消費者連盟、許すな!憲法改悪・市民連絡会、憲法を生かす会、ふえみん婦人民主クラブ、全国FAX通信、NO! レイプ NO! ベース女たちの会、ピースアクション21ほか
協力:WORLD PEACE NOW
http://www.worldpeacenow.jp/
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平和行動・イベント・講演などのスケジュール
http://www.mkimpo.com/calendar/webcal.cgi
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<イラク反戦>世代の考え、そしてそして行動するためのメールマガジン
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Renge/8290/TuP.htm
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メールマガジン「イラン映画を知ろう」(イラン映画の情報が得られます)
http://ml.excite.co.jp/cats/entertainment/movie/movie/docudrama-freeml.html
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