2002年9月25日(水)「10月下旬までお休み」

 ちょっと体調を崩してしまったので、10月下旬までHPでの活動をお休みします。明日以降、メールをいただいても、返事ができませんのでご了承ください。
 11月3日に、渋谷区青山ブックセンター本店内のカルチャーサロン青山で行われる「文学フリマ」には参加する予定です。あちこちで、本(タユランの糸車)と織物コースターを販売することを宣伝したのですが、織物コースターを販売するかどうかは、今のところ未定です。会場で本を持って立つ予定ではあるのですが。
 勝手ながら誠にすみません。
 私のHPに来ていただいた皆様のご健康と幸せをお祈りしています。



2002年9月16日(月)「イラン映画<アフガン・アルファベット>モフセン・マフマルバフ監督」

 イラン国内のアフガン難民の子供たちへの教育の必要性をハタミ・イラン大統領に説いたマフマルバフが、イラン国内の難民キャンプの子供たちの教育の実態をカメラに収めたドキュメンタリー映画だ。
 キャンプの粗末な教室で勉強できる子供たちと、同じ難民でも教育を受けることのできない身分証のない子供たちがいる。身分証があっても10才以下の子供は勉強できない。
 両足に障害をもった子供が松葉杖をつきながら教室の出入り口に来て、授業を覗いている。彼は熱心に聞き入って耳で勉強をしている。彼は学びたいのだが、身分証がないなどの事情で教室の授業に加われないのだ。授業を受けている子供たちは目を輝かせながら学んでいた。
 授業に参加できない子供たちは、モスクでコーランを学んでいる。彼らは熱心にお祈りをしながら勉強しているが、マフマルバフが、「神様って何?」「神様ってどんな姿?」と聞いても、よくわからないようだ。
 ある女子教室には、決してブルカを脱ごうとしない女の子もいる。
 教師は水の発音や水を使った授業をしていて、ブルカを脱いで顔を洗うようにとみんなに言っている。
 ある女の子は、他人に顔を見せるのは罪だと言う。どうして罪なの、と女友達が聞くと彼女はこう答える。「オマル師は預言者の作った箱に奥さんだけ入れて、好きな時に箱を開けて匂いをかぐの。決して奥さんを外に出さないのよ……もし顔を見せたら来世で罰を受けることになる」
 教師は、「もし本気で勉強をしたいのなら、目を覆っていてはできないわ。授業が嫌なら出ていって」
 彼女は教室を出て行ってしまう。女友達が説得しにいくと彼女は、死んだ父親が導者(ムッラー)だったから、教えを守ることが父への敬意になると言う。墓に眠る父親を裏切りたくないのだ。
 彼女と女友達が教室にもどってくる。
 女友達が先生に告げる。「彼女が顔を洗うと言っているわ」
 今まで頑なに拒んでいた彼女はブルカをあげて、顔に水をかける。
 ここでストップモーションがかかり映画は終わる。

 2001年の11月20日の日記にも書いたが、フィデリコ・フェリーニのメダルを受賞したマフマルバフの作品「カンダハール」が上映された時、彼は私たちに次のようなメッセージを残した。「この賞はパンではなく、自由の嵐ではなく、一つの希望の徴にすぎません。アフガニスタンが自由になったら、カンダハールの町にフェリーニの名をとった学校を建てること、このメダルをその学校の生徒たちに捧ぐことを、アフガニスタンの人々に約束します」
 この言葉通り、マフマルバフはACEM(アフガン子ども教育運動)というNGOを主催した。この活動の一環として、この映画に出てくる学校も設立された。だからこの学校は、マフマルバフの考えのもとにある。
 そのためか、かなりマフマルバフの意図が入っているドキュメンタリー映画だと感じた。
 最後にブルカを脱いだ彼女は、本当に心から納得してブルカを脱いだのだろうか、という疑問が残った。彼女は、内面化された父親の圧力のためにブルカを脱ぐのを恐れていた。しかし今度は、女友達や教師やマフマルバフらの同じ圧力によって、ブルカを脱いだのではないだろうか。
 もしも、圧力によってではなく、彼女の内面が成長することによってブルカを脱ぐとしたら、もっと時間がかかったのではないだろうか。
 だんだんとブルカを被るのがバカらしくなって自然に脱いでしまうようにさせるのが、良い教育ではないだろうか。周囲からの圧力によって、心からは納得していないのにブルカを脱がせても、圧力によってブルカを強制させるやり方と本質的に変わらないような気がする。

 イランに行った時、イランは不自由だと口にして政治・社会システムを変えていこうとしている男性を沢山見たが、女性は穏やかであまり文句を言っていなかった。規制の多いイランの政治・社会システムは嫌だとは言うが、男性ほどには本気ではなかったと思う。
 それは、嫌だとは思いながらもそのシステムの中に浸かっている方が楽だったためではないだろうか。家庭の中は自由なので、その中にどっぷりと浸かっていれば女性は政治・社会システムに直接触れることがなくけっこう楽なのだと思う。
 つまりイランで、男性よりも女性の方が一見不満がなさそうだったのは、危険を犯すのが怖いために本心を隠し行動しないためだったのではないか、と思った。
 ブルカを被っている方が安心してしまうこの映画の女の子を見て、イラン女性もまた、宗教の圧力によってルールを守らないと罰せられるという恐れ、心の中ではおかしいと感じていてもルールの中に埋没してしまう方が安心感を得られる、という様々な欺瞞のうちに仮の安定感を得ているのだろうと思った。
 危険を犯さないことによる安定感で満足しているイラン女性は、逆にいえばそれだけ家庭に居心地の良さを感じていて、あえて危険を犯す必要性を感じておらず、変革は男の人たちがやってくれるからいいや、わたしたちは子育てで忙しいのよ、という甘えと安定があるのだろう。
 先日イラン人男性と話す機会があったのだが、イラン女性でもインテリ階層や学生などは男性と同じように危険(刑務所で重罰を受けること)を覚悟で、自由を主張して政治・社会運動している人もいるそうだ。しかし、自由を主張する多くのイラン女性はヨーロッパやアメリカに移住してイランの政治・社会運動をしているそうだ。
 自由を主張していたイラン人男性は、立憲君主制を望んでいた。



2002年9月14日(土)「嬉しかったこと」

 今日、星野智幸さんが日印作家キャラバンというインド作家との私的交流会のためにインドに発たれた。その直前に、「タユランの糸車」を買いますよ、というメールをくださった。早稲田文学主宰の文学フリマで買えるのか、そういったことをまたインドから帰ったら教えて下さいと書いてあった。
 私は前に、創作学校という小説創作の学校に行っていた。私は、通信添削科にいたのだが(1997〜1998年)、この時の講師が星野智幸先生だった。
 丁寧に添削してあって、赤ペンでびっしりとアドバイスが書いてあった。読みが深くて鋭い添削とアドバイスだった。文学の高い教養と技術とセンスを身につけておられる本物の作家なのだと尊敬した。
 若い世代の作家を見回して、将来文豪に成長される実力を秘めておられる作家は、星野智幸氏と島田雅彦氏ぐらいではないかと思う。
 だから星野さんに買っていただくなんて恐れ多い。もちろん贈呈するつもりでいる。創作学校ではとても勉強になったし、その後も学び続けている作家の重要な一人だから。

 「タユランの糸車」の立ち読みコーナーでは、枚数を付け足し本の20ページぐらいまで読めるようにした。後日少しずつアップして、50ページぐらいまで読めるようにするつもりだ。 



2002年9月12日(木)「私の日記の行方」

 時々新宿、池袋、高田馬場の書店に行って自分の本の様子を見たりするのだが、全体的にあまり売れていないと思う。小説の反響がどうこう、という以前に読まれていないのだ。雑誌のコーナーにはいつも人が群れているが、文芸コーナーはガラガラだ。特に文学の本が入っている棚の前にはめったに人を見かけない。こんな状況の中で、自費出版の無名の私の本が売れる、というのは考えにくい。(自費出版でも重版になっているエンターテインメントなどは見かけるが)
 ところでこの日記を読んでいる方で、私の小説を買ってくださった方はいるのだろうか。

 このままでは、百万単位の費用をかけて出版したのは良いが、そのままそっくりと倉庫行きになってしまう。このHPも約一年前に立ち上げたがアクセス数が少ない。
 小説を売るためには、このHPの方向性を大きく変えていった方が良いのではないだろうか。今後日記には、好きな本や映画に関することだけを書くことにして、織物ショップにしてはどうかと考えている。ショップにしたらアクセス数が増えて人目に触れる機会が増えるのではないだろうか。小説の感想をメールで送っていただいた方には、格安の値段にするとかいろいろ考えている。もちろん、上質な素材の糸だ。
 小説が売れる動きがあまり見られないので落胆しているが、これに懲りずに実は今後も小説を出版したい。しかし、出版するたびにそのまま返本され倉庫にたまって断裁されることになっては辛い。書店から消えても、少しずつでも売れていく方法を自分なりに開拓しなくてはいけない。
 だから、これからは日記を書く時間をさいて、織物ショップのための織物を作ろうかと考えたりする。



2002年9月11日(水)「平積みを確認した書店」

 平積み販売予定の書店 に、平積みあるいは棚差しになっているのを確認した。大阪梅田の紀伊國屋書店で発見したという話も聞いたし、紀伊國屋書店のHPには、新宿本店、横浜店、大阪梅田店、広島店、に在庫があると書いてあったから、一応全国の大型書店に配本してあると思う。

 11月3日(日)に、渋谷区青山ブックセンター本店内 カルチャーサロン青山<青山学院大学の青山通りを挟んだ向かい側>で、大塚英志氏と早稲田文学主幹の市川真人氏が主催する「文学フリマ」という出版物のフリーマーケットがある。私も小説「タユランの糸車」とコースターなどの小さな織物を出品して参加するつもりだ。
 詳細は、後ほど書くつもりだ。



「<エーゲ海に捧ぐ>池田満寿夫(角川文庫)」

 池田満寿夫の死後、池田氏の小説が論じられているのを見かけない。どうしてなのだろう。最近読み返してみて、やっぱり素晴らしい感性を持った作家だと思う。この作家の小説はもっと読まれてもよいはずだし、今の時代の先端をいってもよい鋭い感性だ。私は好きだ。
 池田氏の小説には、彼の絵画や版画と同様に、エロティシズム以外のものは書かれていない。その上、戯画のような小説だし、ところどころ文学とは思えないような、俗悪とさえ言えるような比喩表現や文章がある。でも幻想的な絵画を連想させる描写や似非リアリズムの文章で、完成された文学空間が構築されている。

 島田雅彦や吉行淳之介の小説に出てくる男のドンファンもいろんな女性と関わるが、男の中に空虚な満たされない心があり、救いを求めるように理想の女性や性を追い続けている。
 でも池田氏の小説に出てくる男は違う。いろんな女性と遊戯のような性を通して関わりながら、子供のような純真な好奇心で相手に興味を持ち、新たな発見をして楽しんでいる。女性の性と関わって、驚いたり楽しんだり切なさを覚えながら、人生の貴重な体験として書いてある。
 だから、相手を理想化することなく、どこにでもいるエゴイスティックなどこかだらしない現実の人間として女性が描かれている。でもこうした女性たちに対して、主人公の男は、憧憬の念や尊重の気持ちを持っているのだ。
「マンハッタン・ラプソディ」もそうだったが、池田氏は女性を生き生きと描ける作家だ。

 「エーゲ海に捧ぐ」という文庫に収められている小説の中では、「テーブルの下の婚礼」を好きだった。
 主人公の「オレ」は、芸大受験のために高田馬場のデッサン研究所に通っている。貧乏なオレは、白痴の12歳ぐらいのサキと30歳ぐらいのサキコの姉妹と、寝たきりの老いた母が住んでいる家の二階に住むことになる。表情のない白目がちなサキに、「オレ」は恋心を抱くことはないが男の生理としての性欲を持ち、サキのエロティックな夢をみたりサキコの尻を想像しながら自慰をしている。サキも白痴らしい性欲を持っていてテーブルの下で自慰をしているらしい。二人の間に男と女の関係はないのだが、お互いに性欲を誘起される。
 下腹部だけが異様にふくれて胸や手足が痛々しいほど痩せているサキが、なぜか赤いワンピースを着ていて「オレ」を押してくる。ふいに後に倒れてしまい、「オレ」はついワンピースをサキの胸までたくしあげ、小さな臀部を両手で触る。
 でもそれ以上は何もないのだ。階下からサキコがサキを呼ぶ声がするが、耳の聞こえないサキは声を立てずに手足をばたつかせている。「オレ」はズボンの中で射精をし、サキはおしっこをもらしてしまう。「オレ」は、サキが階下に降りていくのを望みサキを裸にして身体を拭いてやる。サキは何の抵抗も示さない。
 サキは拳を開き、百円札や十円銅貨を押しつけるように渡す。これはサキコがサキを使って持たせたものらしい。
 ある日、サキコは、力が入っていない下手な料理とお酒を「オレ」に振る舞う。サキコは「オレ」にそれほど関心を持っているとは思えないが、ついにテーブルの下で性交をしてしまう。サキコの裸はあまりにサキに似ていて「オレ」は失望したが、「オレ」もアポロの裸体からほど遠い。同病相憐れむ性的欲求不満の「オレ」とサキコは、テーブルの下で声を殺して夢中になって性交する。
 隣りの部屋で寝たきりの老いた母が、床を這って部屋の玄関側の戸口から出て行くような気配がする。音がしたような気がして気配に気づくと、サキが見ていた。
 それ以来サキは学校に行きたがらなくなり、母親は急に死んだ。
 陰気なこの家に耐えられなくなり、「オレ」は家を飛び出してしまう。サキコもサキも追って来ない。「オレ」は別なアパートに住み始める。
 だが、「オレ」の足は、再びあのサキコとサキの住む陰気な家に向いてしまう。「オレ」は二人が待っているような気がして二階の部屋に上がる。
 だが二人はもういなかった。

 粗筋を書くとこうだが、リアリズム的な文体で幻想的に描いてある。夢か現かわからないような異様な小説空間だが、普通の男や女たちの性、この家での人間関係、が生々しく書いてある。
 池田氏は、存在の中核をなす秘密の領域の性を通して人間を描いているのだ。彼が小説で表現しているエロスは、官能ではなく人間の存在に根ざすものだ。
 私は、池田氏が、人間というものは滑稽で醜く切ない面を持っているのだよ、と言っているような気がする。



「小説は書かない方が良い」

 9月1日付けの朝日新聞に、島田雅彦氏の本職についての考えが書いてあった。
「本職」の定義は(1)ある仕事をしていて恥ずかしくない(2)費やす労力と時間を無駄だと思わない(3)金にならなくてもやる、ということだそうだ。島田さんは、書いていないと病気になってしまう、たとえ出版されなくても戦争が起きても小説を書き続けるでしょう、「本職」を持っているのは幸せです、と言われていた。

 絵は良いのだ。小学生や精神疾患を持っている人が描いた絵でもそれなりに面白い。でも小説の場合は違うと思う。たとえプロの作家が書いた小説でも自分と感性が合わなければ読みたくない、まして素人が書いた小説を読むのはしんどい。
 若いうちは期待されているから良いが、年取って小説を書き続けても喜ぶ人はいない(身内は読んでくれるかもしれないが)。
 他人に読んで欲しければ金払え、というのが世間の本音なのだ。
 本人が自己満足するのは良いが、小説は読者がいて成り立つものだから、誰にも喜ばれない必要ともされない小説を書き続けるのは、ある意味で辛いことだ。だから、読者がいない書き手は小説を書かない方が良いと思う。
 それでも書かざるを得ない衝動のもとに書かれた小説は良いだろうし、その中に価値ある作品があるのだと思う。
 島田さんが「本職」の小説を書いて幸せなのは、それを歓迎するマスコミや大勢の読者がいるからではないだろうか。

 私は、小説で金儲けすることや有名になることなどこれっぽちも考えていない。有名になったら、いちいち人の視線が気になって生活しづらくなるだろうし、お金儲けどころか、小説を本にするたびに100万単位のお金が消えて借金だけが増える。
 今後あと40年、寿命が尽きるまで小説を書いて自費出版したら、何千万円になる。だから、なるべく小説を書きたくない。今も、「藍のしずく」という女性教師と鬱病で引きこもりの男子生徒との恋愛小説を書いているが、必然性があって仕方なく書いているのだ。(書いている最中は話の世界に入っているので楽しいが、ちゃんとした形にして他人に読ませることを考えると憂鬱になる)
 必然性がなくなった時には、小説を書かなくなると思うが、今のところいつになるのかわからない。

 絵でも小説でも他のジャンルの芸術でも、技術力やキャリアや肉体の若さだけでは人の心を打つ表現はできないだろう。
 つたない表現にも光るものがあったり、若いうちにしか、あるいは年を取ってからしか表現できない小説や芸術もあるだろう。
 特に純文学はそうだ。職人は、時間をかけて努力すれば技術が身について年々うまくなる。しかし純文学の作家は、勉強して技術は巧みになっても、心を打つ作品ができるとはかぎらない。こうした文学や芸術の本質的なことと、商業システムに乗って「プロ」として食べていくこととは違う。
 商業システムに乗るためには、若さと才能と運が必要だ。「プロ」になってキャリアと知名度ができたら、つまらない小説でも出版されるようになる。だから、初期の作品の方が良い「プロ」作家はけっこういる。
 一人の作家において、力を入れた作品と、力を入れていない作品(生活のために創ったような)とがあるが、力を入れていない作品がとても多い気がする。そういったものは出版して欲しくない。時間とお金を無駄に使って読者が損をする。素人の小説は、始めの数枚を読んだらどの程度かわかるが、「プロ」の場合は最後の方まで読まないとわからない。がっかりした時には、すでにお金と時間をエネルギーをかなり使っている。それだけに罪深いのだ。
 アマチュアの作品もそうかもしれないが、読んでがっかりする「プロ」の小説が多すぎる。純文学の小説は面白くない、という印象が人々の間で定着している。
 文学の信用回復のために、ただで出版する場合は作品本位で決めるべきだ。



2002年9月1日(日)「小説<タユランの糸車>の平積み販売予定の書店 1」

 郁朋社によると、北海道から九州までの全国の大型書店に「タユランの糸車」を配本するそうだが、それとは別に平積みしていただける書店が下記の10店舗あるそうだ。店頭に並ぶのは、9月の第一週末〜第二週目になるそうだが、それぞれの書店の担当者によって多少前後することや、店頭への出し忘れや誤って返本してしまう場合が多々あるそうだ。

(1)紀伊國屋書店 新宿東口 新宿本店(1F:女性作家コーナー)03-3354-0131

(2)紀伊國屋書店 新宿南口 新宿南店(3F:女性作家コーナー)03-5361-3301

(3)啓文堂書店 新宿駅京王百貨店新宿店(8F)03-3342-7050

(4)青山ブックセンター 新宿店 新宿駅ルミネ1(6F) 03-3344-0881

(5)芳林堂書店 高田馬場駅前 高田馬場店(3F:女性作家コーナー)03-3208-0241

(6)成文堂 早稲田駅前本店 03-3208-2425

(7)芳林堂書店 池袋本店(2F:文芸コーナー)03-3984-1101

(8)パルコブックセンター 渋谷店 渋谷パルコパート1、B1F 03-3477-5958

(9)福家書店 銀座店 中央区銀座8−8−5陽栄ビル (2F:文芸コーナー)03-3574-6993 (松坂屋の前の大通りを新橋方向に歩くと右手にある大きな書店)

(10)有隣堂 横浜駅東ルミネ店 横浜ルミネ店5F 045-453-0811

 売れる様子がなければすぐに返本されるらしい。
 新宿、渋谷、銀座は私の生活圏なので、本当に私の本が置いてあるかどうか見に行ってみよう。どんな扱いをされているのか、後ほど書く。
 これを読まれた方は、ぜひ上記の書店で「タユランの糸車」をお買い求めください。その前に、本が店頭にあるかどうか電話で尋ねた方が良いかもしれない。売れると平積み期間が伸びるそうだ。
 平積みしていただけると郁朋社に言ってくださった書店が、新宿に6店舗もあった。これは私の地元が新宿だからだと思う。
 新宿は、日本で最も好きな場所だ。今日はその理由を書こう。



「新宿・異文化が混ざり合っている街」

 新宿に居着いて10年ぐらいになる。渋谷や銀座も好きだが、新宿が他の街と大きく違うところは異質なものを飲み込む受容性においてだろう。
 この街は、サラリーマン、OL、自営業など普通の人々が最も多いが、企業のエリート、官公庁に勤める公務員、ビルのオーナー、外国人、学生、労働者、浮浪者、水商売の人、同性愛者、芸術家、ヤクザ、落ちこぼれた若者達まで、いろんな人種、職業、階層の人々を受け入れる。
 高層ビルや都庁がある西新宿、性産業が多い歓楽街の歌舞伎町、高級住宅のある内藤町、緑地帯である新宿御苑、一流百貨店が並ぶ新宿駅周辺、外国人がたくさん住んでいる大久保や百人町、古本屋の多い学生街の早稲田、ごく普通の住宅街、日本のありとあらゆる側面と物質と闇を抱えている街だ。
 多種多様の人間と文化が混ざり合い、融合したり衝突したりしている。日本の経済・文化が活発に動いていると同時に、社会の裏にある闇も表層や地下でうごめいている。
 新宿は、大海原のようにどんな人種・文化でも飲み込んでしまうが、深海のような底知れぬ不気味さも併せ持っているのだ。
 だから私は新宿について隅々まで知っているとは思っていない。華やかで昼夜を通して活動している街だが、犯罪やゴミも多く、私の想像が及ばない暗黒や絶望が潜んでいることは肌で感じる。具体的な治安対策で、暗黒の領域をなくしていければ良いと思う。

 つまり新宿の最大の魅力は、さまざまな人間と文化を飲み込む受容性にあるのだ。いろんなものが雑多に混ざり合っていて、エネルギーや新たな文化が生まれる土壌がある。
 宮内さんは、行き詰まったグローバル化に対して、血や文化が相乗して、停滞することなく、より複雑化・多様化しつつ、たえず新しい局面、境界面を生みだしていくクレオール現象こそ、今後の救いではないかと言われていた。
 クレオールとは、もともとはカリブ海地域の混血によって生まれた言語や文化を指していた。今では、多文化混在の象徴として使われているが、新宿はまさにそうしたものを生みだしている街なのだ。

 私の「タユランの糸車」、三作目の「キャラバンサライ」(受賞できなかったらまた自費出版するつもり)も、こうした異文化・異民族との関わりの中から生まれてきた。
 だから、「タユランの糸車」と「キャラバンサライ」は、私が新宿に住み着いたことによって創ることができた作品、といえる。この街は、私にも考えるきっかけや創作エネルギーを与え続けてくれる。

 ここでは、どんな生き方、生活、格好をしていても、他人に迷惑がかからなければ、あれこれとやかく言う人はいない。(私は地方に長年住んでいたことがあるが、文化が乏しく、人と違う点があったら変な目つきで見られたり、他人と同じになるように干渉してきたりするのが嫌だった)
 新宿は、むしろ面白い人間や自分の生き方・生活スタイルを持っている人間の方が生きやすい街だ。
 新宿は愛する街だから、一生住んでいたい。