2002年4月28日(日)「イラン映画<少年と砂漠のカフェ>アボルファズル・ジャリリ監督」

 アボルファズル・ジャリリ監督の映画は私には地味すぎるので、観るかどうか少し迷ったのだが、つい映画館まで足を運んでしまった。知り合いのイラン人が良い映画だと言っていたし、宣伝のチラシにある砂漠やイランの田舎の普通の人々の姿に惹かれたのだ。
 ちなみにそのイラン人は、サミラ・マフマルバフ監督の「ブラックボード」は良くないと言っていた。戦火激しいイラン・イラク戦争の国境付近を舞台にしたものだったが、リアリティに欠けると言っていた。その人は、ちょうどこの付近で兵役を務めていたのだ。サミラの描いた戦争は、世界の受けをねらって、甘いものになっているらしい。そのイラン人は、戦争はこんなものじゃなかった、と言っていた。

 本作のペルシャ語のタイトルは「デルバラン」だが、デルバランはペルシャ語で恋人を意味する。デルバランは、イラン東部ホラサン地方の北部、アフガニスタンとの国境に近いところにある。監督によると、恋人たち、とりわけ愛する人のために家を捨ててきた恋人たちが、ここにやってきたそうだ。それは、この街が砂漠のほぼ真ん中にあり、行方を探すのが非常に困難だったからだ。(未婚の恋人が2人だけでつき合うのは違法であり罰せられる)デルバランのカフェは、そうした恋人たちが会う場所としてこの土地に建てられたのだ。 その後、イランとアフガニスタンとの間に道路ができて、デルバランのカフェの横を通ることになった。カフェは本来の機能を失い、国境を越えてきた違法就労者たちや麻薬密売人たちが集まる場所になってしまった。イランの警察は、このカフェに強い注意を払うようになった。
 そんな場所に、14才の少年が戦禍の故郷アフガニスタンを後にして、たった1人で国境を越えて逃れてきた。母親は爆撃で亡くなり、父親はタリバンと戦っているという。他人は敵だとする不信感に満ちた目をしているが、カフェを営む老夫婦の世話になりしだいにうち解けてくる。カフェにやってくる違法入国したアフガン人や麻薬密売人を探す警察官、カフェの側で車を修理する技師、医師と小学校教師の夫婦、など様々な大人との関わりが描かれる。少年はアフガン人であることを理由に逮捕されるが、少年を世話をしている老婆が連れ戻しにいく。結婚式をあげているアフガン人の青年とイラン人の女性も逮捕されてしまうが、厳しい取り調べの後に釈放される。
 ある日、カフェの横のデルバラン道に見慣れない道路標識ができる。新しい道路が完成し、カフェに向かうデルバラン道が通行止めにされたのだ。このままでは仕事にならないと、車の修理をする技師が隣町へ釘を買いに行く。新しい道路に釘をまいて車をパンクさせれば、困った運転手がカフェに来て車の修理を自分に頼むだろうと考えたのだ。
 しかし彼は急死してしまう。
 少年は、新しい道路へ走っていき、力一杯釘をまく。そして、少年は1人でどこかへ旅立っていく。

 監督はこの映画を、世界中の戦災孤児に捧ぐ、と言っている。

 世界中で今も沢山の子供たちが戦争で家族を失っているが、彼らがどのような気持ちで生きて大人になっていくのか、私たちの想像を超えるものがあると思う。戦災孤児たちの行方についてはあまりメディアで取り上げられないし、私たちも普段生活していて思い出すことはないのだが、こういった目立たない場所に澱のように溜まった彼らの感情はやがてどのようなものになるのか、考えれば考えるほど胸が痛くなる。

 タリバン神学校に入りタリバン兵士になったアフガン人が、元は罪なき孤児たちだったことを考えれば、戦災孤児たちには補償が必要ではないか、という気がする。



2002年4月25日(木)「なぜ世界は右傾化しているのか」

 日本、アメリカ、ヨーロッパ、ロシアなど、世界が右傾化していく動きがある。
 日本の今の右傾化が始まったのは、バブルが崩壊してからだ。右傾化は不景気と密接に結びついている。イタリアのファシズム、ドイツのナチズム、日本の軍国主義が台頭してきたのも、世界大恐慌の時代だった。失業者や失業不安を持つ人々にとっては、個としての内面の充実よりも、明日のパンの方が重要である。経済的な不安が高まるにつれて、国粋主義、全体主義、が自分たちを救ってくれるのではないか、という錯覚が起きるのだと思う。
 例えば、今回のフランス大統領選第一回投票で極右のルペン党首が2位になったのは、「移民はフランス人の失業と治安悪化の元凶」という排外主義的な主張が、失業者や失業不安を抱える若年層に支持されたためだと思う。
 それに加えて、日本ではバブルの崩壊によって、心の空虚、人々の自信のなさが剥き出しになったせいもある。それまではブランド品、お金、学歴、容姿、社会的地位、権力、住宅、そういった外面的なもので自信を得ようと躍起になっていて、心の深いところにある本当の自信のなさは覆い隠されていたのだ。
 しかし本当の自信のなさが露呈し、個としてのアイデンティティが不確かで何のために生きているのかわからない空虚に直面すると、無意識的に救いを求めるようになる。そのために自信ありげに声高く叫ぶ政治家や軍事力によりかかって一体化しようとするのだ。
 心が空虚で自信のない人々にとっては、国家権力と一体化することで高揚感を味わい偽の自信を持つことができるし、 経済的不安を抱えている人々にとっては排外主義、国粋主義によって将来に幻影を持つことができる。
 国粋主義、全体主義、排外主義、軍事化は、心も物も貧しい自信のない人々に、救われるという錯覚を抱かせてしまう偶像崇拝に通じる政治思想なのだ。
 しかしその中身は空虚である。それらは心の空虚を土台にして成り立っているからだ。

 国粋主義のために、排外主義になり、軍事化する。それが進行すると、太平洋戦争期に「八紘一宇」と叫ばれた全体主義が出てくる。その行く末は、世界戦争であり、地球の破滅である。
 私達市民にできることは、自信ありげで強い存在に盲目的によりかかっていく前に、行動の動機に潜む心の空虚と弱さを自覚して自分をコントロールしていくことだ。



「静かに進行しつつある世界戦争への準備」

 宮内さんの4月24日の日記には「ブッシュ大統領は<化学兵器禁止機関>(OPCW)の事務局長であるジョゼ・バスターニ(Jose Bustani)氏を、事務局長の座から外そうとしている。その意図は、イラク攻撃の障害となる人物を排除しようということではないかと思われる。湾岸戦争の再開につながる意図が、あきらかに透けて見える。坂本龍一さんの呼びかけで<非戦>のメンバーたちが連名で、つい先日、川口外相へ要望書を提出した。もちろん、ぼくも連名に加わった。」と書いてある。米国は弾道弾迎撃ミサイル制限条約も、破棄しようとしている。
 世界戦争への伏線が、あちこちに敷かれているという感じだ。恐ろしいことが静かに進行しつつある。しかも日本まで有事法制化によって戦争に深入りしようとしている。
 宮内さんが海亀広場の329番に下記の文章を投稿されていた。

 瀬戸際にある大変に重要な問題について、ぜひ、ピーター・ガブリエル、アニー・レノックス、ブライアン・イーノ他の多くの知識人とともに、声を上げてください。

 この4月21日の日曜日、米国は、化学兵器禁止条約にもとづく「化学兵器禁止機関」の事務局長であるジョゼ・バスターニ(Jose Bustani)氏を、事務局長の座からはずそうとします。

 バスターニ氏の“罪”は、自分の仕事をあまりにきちんとやっている、ということにつきます。彼のリーダーシップのもと、ガーディアン紙の言葉を借りると、「彼の査察官たちは、200万の化学兵器と、世界の化学兵器工場の3分の2の解体を監視してきた。彼はまた、二の足を踏んでいた国々をじょうずに説得したので、この5年間に化学兵器禁止条約の締約国は、87ヶ国から145ヶ国に増えている。近年の多国間条約の中で、これほど伸びているものはない」。

 しかし、米国国務省の目からすると、バスターニ氏は目の上のたんこぶなのです。
 まず、彼は、米国を他の締約国と同じように扱おうとしてきました。そして、米国は、その敵国であるイラクとは違って、彼の選んだ監察官に満足していません。
 第二に、彼は査察官を受け入れるよう、イラクに積極的に働きかけていますが、これは、米国主導の第二次湾岸戦争の根拠が弱めることになります。以上のような理由で、国務省はバスターニ氏を退陣させたがっているのです。

 今週日曜日の会合で、米国は、バスターニ氏の不信任投票を提案することになっています。不信任の理由を明確に出していないのに。もし英国が米国とともに不信任投票をすることになれば、ここでも、多国間の国際機関が米国政府の傀儡となってしまいます。

 川口外相に「バスターニ事務局長を信任し、独立した化学兵器禁止機関を守ってほしい」と訴えて下さい。

●川口外務大臣へ
 電話→03-3580-3311
 ご意見書き込みページ→http://www2.mofa.go.jp:8080/mofaj/mail/qa.html

 このメッセージを友人や同僚に回して、外相へのメッセージを書いてもらって下さい。時間がギリギリなので、できるだけたくさんの人々にお願いしたいと思います。メッセージを送るときには、私たちのところにも転送して下さい。こちらのほうで、どのくらいのコンタクトがあったのか数えられるように。
 opcw@9-11peace.org

 重要な国際機関を支援するために、どうぞ今日、行動して下さい。よろしくお願いいたします。
Eli Pariser, 9-11peace.org
2002年4月19日

 私は川口外務大臣に、ジョセフ・バスターニ事務局長を信任するようにと、メールを出した。



2002年4月21日(日)「趣味なのか作家志望なのか」「作家はゆとりのある生活ができるか」


 あともう何ヶ月も経たないうちに出版できるのでとても嬉しい。今まで重荷を負っていた背中が軽くなるような気持ちや、今まで地下室に閉じこもっていて天井の鉄の扉が少し開いて外部から明かりが差しこんできた、という感じがある。
 しかし、他人から「趣味なの?」と聞かれると返答に窮する。私にとっては生活を豊かにするための娯楽ではないのだ。小説創作をやめると無味乾燥な日常となり、生きる力がダウンし、外部・世界への興味も失せてしまう。
 小説創作は私の生きる根幹に関わっているようなのだ。小説があるから人生が楽しい。だから、死ぬまで小説を書いていきたい。
 でも新人賞も獲らずに大手ではない出版社から一冊本を出したからといって、世間は私を作家とは呼ばないだろう。
 かといって「趣味なんです」と答えて「良いね、暇で。こっちは忙しいよ」と言われると、すごく腹が立つのだ。私を侮辱した言葉だと感じる。それなら小説家だと自称して、「そんな名前知らないよ」と言われた方がましだ。
 しかし自費で本を一冊出版して、自分を小説家と呼ぶのも、恥ずかしい気もするのである。純文学の小説家とは、一生を通じてあるレベル以上の作品を書き続けた人をいうのだと思う。
 私のような書き手を何と呼ぶべきか、今悩んでいる。

 ところでプロの作家と呼ばれる立場になると、ゆとりのある生活はできるものだろうか。
 数年前に有力な文学新人賞を獲ったある作家のHPの日記や郁朋社からデビューされた新人作家のHPの日記などを読んでいると、大変なんだな、と感じる。
 前者の日記には、あまりに忙しくて健康を崩し、立て直すのが難しい、自分のための読書や映画を観る時間もない、手紙(電子を含む)も書けないと時々書いてある。後者の日記を読むと、作家としての立場を確保するために頑張っておられる様子が窺えるのだが、ストレスと忙しさで肩こりや頭痛が激しく、眼圧が上がり視野も狭まり病院通いになった、と書いてある。その上仕事で入ってくるお金も非常に少ないらしい。

 プロの作家になったら、織物をする時間もなくなるのだろうか。すでに名前を知られているプロの作家には、医者や芸術家などを兼ねた人もいるが、その頃と今とでは時代が違うと思う。

 なんだか、最近デビューした作家を見ていると、大変なんだ、という感じがする。織物をしたり読書や映画を観る時間もある作家にはなれないものだろうか。



2002年4月19日(金)「ヨンソン えり子 タペストリー展」

 素晴らしいタペストリーだった。私が習っている桂川先生もそうだが、ヨンソン えり子さんも美術としての一流の織りをされているアーティストだ。
 東京芸大の油絵科を卒業後、スエーデンに留学されて織物を勉強された。そのため、他ではあまり見られない珍しい織り方だと思う。同じ平面の中に様々な織りの技法が入っていて、複雑な色彩とデザインを表現されている。今回は紫陽花がテーマで、写真はグレー調のものだが赤や紫調のものもあった。1万数千円ぐらいから40万円ぐらいのものまであった。
 20日(土)まで。京橋のブリジストン美術館前の千疋屋ギャラリーにて。






2002年4月18日(木)「<タユランの糸車>の出版は夏頃」


 11月末に初めての朱入れをしていただいた原稿を戻してもらい、ストーリー、構成、人物設定、描写の仕方などいろいろ丁重なアドバイスを受け、パソコンのフロッピー上で修正をして提出した。
 2度目に戻ってきた原稿にもあちこち朱入れがあり、再びいろいろアドバイスを受けて、今度は原稿用紙の上で修正をして提出した。
 3度目の朱入れの原稿が戻ってくるのは5月頃だ。基本的にはこれが最後の修正となる。
 構成については少し妥協したくないところもあるが、費用の全額を私が負担しているし、作品の根本的なところを問題にしているわけではないので私の意見は尊重されるだろう。
 出版予定は夏頃になった。



「暴力の中毒性」

 毎日毎日、紛争や戦争で沢山の人間が負傷したり死亡するというニュースが報道されている。
 戦いの中にはもちろんいろんな事情があるわけだが、暴力には中毒性があると思う。アルコール中毒、麻薬中毒のように、戦うことで何かから逃避しているのではないだろうか。
 様々な大義名分を掲げながら、紛争や戦争を、生き甲斐にしている人が多いと感じる。戦いをやめたら、何のために生きているのかわからなくなるのだろう。
 彼らは自分の空虚な心に直面したくないから、戦いをやめられないのだ。心の空虚な人々が政治家になって国を操っているという印象を受ける。
 暴力を防止するためには、人間の中にある空虚な心を満たすことが重要だ。そのためには、何か楽しみを見つけることが必要だと思う。楽しみがあれば、もっと人生を大切にしたいと考えるはずなのだ。自分の人生が大切になってくると他人の人生も大切にしたいと考えるようになる。
 好きなことをして程度自分に満足してくると、お山の大将になって他を従わせようと躍起になる必要は出てこない。
 戦うことが好きな人や威張りたがる人は、自分の心の空虚が原因であることを自覚して、他人に迷惑をかけないで自分で問題を解決すべきなのだ。
 前にも同じようなことを書いたが、HP開設当初からこの日記を読んでいる人はいないように感じるし、私もいつ書いたのか忘れてしまった。
 この日記は、私のストレス発散を兼ねて思いつくまま勝手に書いている雑記のようなものである。だから、今後も同じような意味のことを繰り返し書くかもしれない。



2002年4月16日(火)「パレスチナ最前線からの手紙」

 宮内さんが、海亀広場の323番で「緊急のお願いです!このメールを知り合いの方に広く回してください。」とおっしゃっていたのでここに転載する。今パレスチナでは大変なことが起きている。

パレスチナ最前線からの手紙

■パレスチナの地で重大事態が−−ジェニンで大虐殺事件が起こる■

・今日の毎日新聞朝刊でも報道されたように、ヨルダン川西岸のジェニンで、イスラエル軍による大虐殺事件が発生しました!パレスチナ自治政府は「国際調査団」の派遣と真相究明を世界に向かって呼びかけています。イスラエル側は、国際調査団が組織される前に、証拠隠滅を図ろうとして、イスラエル政府による調査団を派遣すると発表しました。

・米のパウエル国務長官は、この虐殺事件を無視し、逆に「自爆テロ」を非難して、アラファト議長との会談を拒否しました。不公平この上ない侮辱した対応です。

・腹立たしいことに、邦字紙も、英字紙も、パウエル・シャロン会談やイスラエルで「自爆テロ」の被害が出たことなどが中心的な報道内容で、「ジェニンの虐殺」を扱った新聞も非常に小さい扱いしかしていません。自治政府が勝手に言っているだけと言う意味で大虐殺にカッコを付けている状態です。事態 は緊急を要します。このままでは大虐殺事件が闇に葬られてしまうのです。

・皆さんの友人に以下のイスラエルの女性による現地報告を大至急回覧していただけたら幸いです。ギラ・シヴィルスキーさんはイスラエルの反戦平和運動の有力な活動家で「公正な和平をめざす女性連合」の代表者です。国際支援者やパレスチナ人たちと一緒にイスラエル軍の侵攻に身体を張って立ち向かっています。

・彼女は「最前線からの手紙」という緊急レポートを世界中に発信しました。とりわけジェニンで「筆舌に尽くしがたい」深刻な事態が起こったと報告しています。

・メールで友人に送れる人は「ねずみ算式」にどんどんこの「手紙」を多くの人々に知らせてくだ さい。メールをやらない友人には、FAXでこの「手紙」を送ってください。

・世界中の人が、この大虐殺事件に注目し、非難し、監視すれば、イスラエルやアメリカとて、隠蔽することはできなくなるでしょう。この事件が世界中で非難の嵐を巻き起こせば、パレスチナ人に対する虐殺をやめさせイスラエル軍の撤退に道を切り開くでしょう。私たちも彼女の要請に最大限応えていきたいと思います。皆さんも手を貸してください!!

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最前線からの手紙
Letter from the Front
by ギラ・シヴィルスキー
2002.4.10

 友人たちへ、

 私は今ちょうど2週間の外出からイスラエルへ戻りましたが、自分が見聞きしたことを全体の脈絡の中で見通してまとめあげるのに更に2日かかりました。それを今あなたがたと分かち合いたいと思います。

 まず第一に、私たちの前に繰り広げられた人を圧するような光景は、パレスチナの諸都市においてイスラエル軍がしでかした死と破壊の光景です。とりわけてもジェニンのそれは筆舌に尽くし難いものです。数百人が殺され数千人が負傷したのに加えて、イスラエル軍が救急車を阻止し死傷者の搬出を妨害したこと、大量に家屋をブルドーザーで破壊したこと(ときには家族がまだ中にいるもとで)、1週間以上にわたって水と電気と電話を遮断したこと、その反駁の余地のない証拠があります。自分の周囲で男たち、女たち、子供たちが血を流して死んでいこうとする時に、全く水もないという状況を、あなたがたは想像することができるでしょうか? そして、死体を数日のあいだ家に置いたのち近くの空き地にそれを埋めねばならないという状況を?

 これらの事態は、現在進行中の残虐行為、大量逮捕、破壊的蛮行、窃盗、屈辱を与える行為などをはるかに越えて進行しています。ある将校の言明が今日の「ハ・アレッツ」紙に引用されました。「我々がそこでおこなったことの映像を世界が見る時、それは我々に巨大なダメージを引き起こすだろう。」と。メディアが接近することを許されていないのも不思議ではありません。昨夜おこなわれた人権団体ベッツェレムの緊急委員会合での現場からの報告に耳を傾けると、涙したのは私だけではないことがわかりました。

 今は分析をしている暇はありません。私には言うべきことが多くあるのですが。たとえば、ペレスの共犯について。イスラエルに対する正当な怒りによって国際的に解き放たれたゾッとするような反セム族主義について。イスラエルにおける恐ろしいテロリズムとアメリカにおけるいわゆる「テロとの戦争」が、現在起こりつつあることにいかに許可証をあたえたかについて。等々。ブッシュ=チェイニー=ライス=シャロン=モファズを並べれば、暴力がいっそうの暴力の原因となる処方箋は完ぺきです。今日のジェニンでの13人のイスラエル兵士の死は、イスラエルの軍事力の悲劇的な無益さということを痛感させるばかりです。

 分析するよりはむしろ、今は行動する時です。ここイスラエルでは、平和運動と人権運動は、考えうる限りのありとあらゆる戦線で疲れを知らずに活動しています。占領地での軍務を拒否している将兵たちは収監されていきます。緊急に集められた食糧と医薬品の輸送物資は配達・配送され、更に集められています。人権活動家たちは、命がけで監視行動に取り組んでいます。平和活動家は、軍検問所で対峙して、催涙ガスその他をあびせられても勇敢に立ち向かっています。外国の活動家たちは、占領地全域で人間の盾として活動しています。私の活動歴の中で、これに匹敵するような緊急事態を思い出すことができません。ここにおいては、あることの原因を徹底追求するということのために、生命も日々のパンも脇へ押しやられつつあります。私はまた、私たちイスラエル人自身が創り出した大災厄が眼前で展開されつつあるということを感じ、それに匹敵するような感覚を思い起こすことができません。

 私は、あなたがたに、あなたがた自身の行動をとるように懇請します。関係諸官庁に(いくつかの宛て先は下に示されています)働きかけて下さい。もしあなたがユダヤ人であれば、それを必ず強調して下さい。次のことを主張して下さい。
1)この恐ろしい暴力を終わらせるために、国際監視団が現地に直ちに派遣されなければならないこと。2)紛争の根本原因はイスラエルによるこの地の占領であること。占領を終わらせねばならないこと。

 限られた時間しかなくてもできる他のことは次のことです。
・1分しか時間がないなら、この手紙をあなたのメールリストに載っている人々に転送して下さい。
・10分時間が割けるなら、あなたの選ぶ組織に小切手を書いて下さい
(「www.coalitionofwomen4peace.org」でリンクスを見て下さい)。
・1時間あるなら、あなたの現地の新聞社に手紙を書いて下さい(手短に、そして心を込めて)。
・もっと時間があるなら、活動に関わって下さい。「www.junity.org」の「Getinvolved - Find an Organization Near You」を見て下さい。もしあなたがアメリカ在住のユダヤ人であれば、「Tikkun Community(www.tikkun.org)」または新たにつくられた「Brit Tzedek v'Shalom - Jewish Alliance for Justice & Peace(www.jppi.org)」に参加して下さい。

 どんなことでも、あなたがたにできることはすべて価値あることです。

 最後に、私は、イスラエルは今日ホロコースト記念日を印したということを書き留めないではいられません。私たちがこのトラウマからついに自らを解放し、その真の教訓、toleranceという教訓を肝に銘じることができるのは、いつになるのでしょうか?

Shalom(ヘブライ語の平和)/Salaam(アラビア語の平和)
エルサレムより
ギラ・シヴィルスキー(「黒衣の女性たち」の創設者の一人)

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アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名
HP:http://www.jca.apc.org/stopUSwar/

イスラエル大使館、米大使館に抗議のメール、ハガキを送ろう。
抗議先:http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Palestine/CondemnIsraeliAggression.htm#info1

アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名 事務局 吉田
連絡先メールアドレス:stopuswar@jca.apc.org

次はパレスチナ子どものキャンペーンからのニュースだ。
April 09, 2002
>
> 水を飲ませて。「爆破犯の町」から子どもたちの叫び 
> ジャニーヌ・ディ・ジョバンニ、Rummana(ジェニン近郊)
>
> ハミードが最後に見たジェニン難民キャンプは、死体だらけだった。 14歳のハミードは、30時間にわたる爆撃のあと、土曜日の夜にイスラエル軍に投降した。破滅的な状況を語るハミードの体は、少しばかり震えている。ブルドーザーが死体の山をかたづけていた。家の がれきからは煙が上がっていた。子どもたちが水をもとめて泣き叫んでいた。下水を飲まされる子もいた。ハミードはイスラエル軍に投降したあと、兵士に衣服をはぎとられて下履き一枚の姿だったが、今は、パレスチナ人の支援者が買ってくれた新しいトレーナーを身につけている。爆撃にたえられなくなって、投降したのだという。
> 彼が避難していた家では、ロケット弾によって3人が殺された。
>
> 「でもほんとうに恐ろしかったのは、イスラエル兵士が8人の男たち を捕まえ、並ばせてから殺したのを見たときだ」。ハミードは、一部 始終と男たちが受けた傷について詳しく語った。この後、ハミードと双子の兄弟アフメッド、兄のハディルは、白旗を作ると窓から出してうち振った。外に出るにはこの方法しかなかった。
>
> ハミード兄弟は衣服をはがされ、後ろ手に締め上げられると目隠しをされた。100名あまりのパレスチナ人男性とともに、イスラエル内にあるサレムの兵営まで連れていかれた。サレムに着くと叩かれ、イスラエルのスパイになれと言って金を渡されたという。
>
> シン・べト(イスラエル社会安全保障組織)による48時間の尋問が終わると、はだしの男たちは近くの村に連れていかれ、西岸地区まで歩いて帰るように言われた。イスラエルと占領地域との間にあるオリーブ の茂みをどうにか通り抜けてRummanaにたどり着いた。現在は、受け入れてくれた家庭に身を寄せている。だが、自分の家には二度と戻れない。彼らにできるのは、壊された家々から数キロメートルにあるこの村にいて、攻撃ヘリによる爆撃を見ることだけだ。アフメドは腎臓のある場所の背中をひどく蹴られたため、苦痛に顔をゆがめながらマットに横たわっている。ハディルの目のまわりにはあざができて打撲傷も受けているが、兄弟たちは生きのびるだろう。
>
> だが、それほど幸運ではなかった人々もいる。モスクには土曜日に投降した人々がいた。そのうちの何人かは、人間の楯にされて衣服をはがされ、何時間か戦車の前に立たされて辱めをうけてから、サレムの軍事基地に連れていかれた。
>
> イスラエル人の質問に「きちんと答えなかった」人々は、ひどく叩かれた。ハーリド・ムスタファ・ムハメッド少年もその一人だ。彼は血まみれのマットにうつぶせに横たわり、背中には包帯が巻きつけられている。
>
> ハーリドは肋骨2本が折れて内出血をおこしており、半ば昏睡状態でうめき声をもらしている。町にいるたった一人の医師は疲れきっている。歯科医のファルーク・アルアフメドは、鎮痛薬の投与を試みているが、銃床でなぐられたことによる内部損傷があまりにもひどいため、治療を 受けられなければ、少年は3日以内に死亡するだろうという。
>
> 「落ち着かせるための処置をして、折れた肋骨を固定したが、できるのはそこまでだ。わたしは歯科医なのだから」 疲れきった医師はそう語った。昨夜、赤十字が述べたところでは、ジェニン難民キャンプへの立ち入りが許されず、何時間も交渉したがパレスチナ側の救急車3台によって3名を収容したのみだという。
>
> 昨日は一日中、イスラエル側の呼び名によれば「爆破犯の町」ジェニンの破壊が続いた。昼食時を過ぎたころ、澄み切った青空にいた攻撃ヘリが体勢を整えた。ヘリの一団は旋回すると機首をさげ、一機がミサイルを発射した。
>
> 空で音がしたかと思うと爆発がおこった。大気が震え、ジェニンからは柱のような煙がつきあげてきた。住民は、過酷な制裁が行われるのでは ないかと恐れている。ジェニンからは多数の自爆犯が出ているからだ。
> ファルーク医師は「虐殺がおこるのではないだろうか」と述べた。ある目撃者によると、「女性と子どもたちは夫や父親からからひき離されて、近くの森に連れていかれた」
>
> Rummanaにいて危険にさらされているパレスチナ人の男たちは、残してきた家族を思って苦悩している。ジェニンからは何の情報もない。
>
> 電話線は切断されており、電気もストップしている。イスラエル軍によると、パレスチナ人の死者は70名、イスラエル兵士の死者は9名であるという。だが、目撃者によると、死者の数はもっと多い。ジェニン難民キャンプで商店を営んでいたモハメッドは「通りは死体だらけだ」と言う。 「夜から朝まで、聞こえたのはロケット弾の音だけだった」。彼は、ジェニンから追い出され、難民となる経験を2度も味わった、悔しさと情け なさで心がいっぱいだと語った。モハメッドは簡潔にしめくくった。
> 「どうしようもない」。夜になっても戦闘は続いた。
>
> イスラエルのグリーン・ライン内にあるサレムから来たパレスチナ人ら が、難民のための食糧と毛布の準備にとりかかった。
>
> 本当に心配なのは、逃れてきた難民ではなく、後に残された人々の身の上だ。サブラとシャティーラの難民キャンプで虐殺がおこなわれたのは、それほど前のことではない。難民のために毛布や果物、靴を集めていたサレムの村人が言った「朝までにはもっとたくさん死ぬだろう」
>
>
> ===========================================================
> The Palestine Monitor, A PNGO Information Clearinghouse
>
> 世界への緊急アピール
> 2002年4月12日
>
> ジェニンでイスラエル軍が虐殺に関与したことが確認された。イスラエル軍は数百人が殺されたことを認めたが、パレスチナ側は死者の数が実際にはもっと多いのではないかと恐れている。
>
> イスラエルは現在、キャンプから遺体を運び出し、ヨルダン渓谷北部の秘密の場所に埋めて、自らの犯罪を隠蔽しようとしている。
>
> この10日間、ジャーナリスト、看護師、医師、国際赤十字のチームなど、誰一人虐殺の現場にたどり着けた者はいない。キャンプの責任主体である国連機間UNRWA(国連難民救済機関)の代表でさえ、当該地区へ行くことが許可されないのだ。誰も近づけず、何が起こったのかは誰も見ておらず、伝えることもできない。
>
> キャンプの住民15,000人の大半が殺され、傷つき、あるいは家や避難場所を追われた。キャンプは破壊された。
>
> イスラエルはキャンプから撤退すべきだという国際社会の声をを拒絶した。キャンプで起こったことについては完全な報道官制を引こうとしており、世界はイスラエルがそこで何をしたか知ることができない。パレスチナ市民社会の一員として、私たちは、同じことがまた別の場所で繰 り返されることを恐れている。ヨルダン川西岸地区からイスラエル軍が撤退しない限り、それは現実的な脅威だ。報道管制のみならず、事実を 訴えようとし、また実際にそれをすることができる団体やパレスチナの市民団体に対し、シャロンが何らかの弾圧を行うことも懸念されている。
>
> ヨルダン川西岸地区への国際保護部隊の緊急配備が今、これまでで最も必要とされている。
>
> 世界がこれ以上沈黙を守ることがないよう、強く呼びかける。シャロンを止めなければならない。シャロンとイスラエル軍が関与した虐殺に目を向けなければならない。
>
> 新たな虐殺を許してはならない。イスラエルの関係筋は、パレスチナ人が今後のプロパガンダに利用するために遺体を隠していると主張し、虐殺の上にさらにパレスチナの人々を侮辱しようとしている。このような嘘で、イスラエル当局は真実を歪曲し、自らの行いを隠蔽しようとしている。
>
> あなたの国の代表、イスラエル当局に抗議文を送ってください。
>
> アドレスは下記をご覧ください。
>
>
> Israeli Prime Minister
> Ariel Sharon
> Office of the Prime Minister
> Tel: ++972 2 6705555
> Fax: ++972 2 566 4838
> Email: pm@gov.il
>
> US President
> George Bush
> The White House
> 1600 Pennsylvania Avenue NW
> Washington, DC 20500
> Phone: ++1-202 456 1414
> Fax: ++1-202 456 2461
> Email: president@whitehouse.gov
>
> President, European Commission
> (Romano Prodi)
> European Commission
> 200 rue de la Loi/Wetstraat 200
> B-1049 Brussels
> Belgium
> E-mail: romano.prodi@cec.eu.int
>
> UN High Commissioner for Human Rights
> Mrs. Mary Robinson
> OHCHR

宮内さんが次のサイトも見てください、と言われていた。実際にパレスチナ人が殺されているシーンが載っている。

http://electronicIntifada.net/features/articles/020312beithanina.shtml


 今日有事関連3法案が閣議決定された。
「武力攻撃事態法案」では武力攻撃を受けた場合、国民が国や地方自治体への努力に努めるとの”努力規定”が盛り込まれる。

 「自衛隊法改正案」では自衛隊が防衛出動した場合に、民間機関にガソリンや医薬品・食料などの保管を求める”物質保管命令”があり違反した場合、6ヶ月以下の懲役または、30万円以下の罰金という罰則規定が盛り込まれている

 また、国民の安全を確保する法律は、2年先にと先送りになるそうだ。

 国家がおかしな方向に動いている。
 これからは、市民が賢くならなければいけない。



2002年4月14日(日)「宮内勝典の早稲田大学講演会“旅、戦争、そして希望”」

 昨日は、宮内さんの講演を聞きに行った。
 これからの文学は、なぜ戦争が起きるのか、文学を通じて内面に深く入っていき意識化していくこと、が大事だとおっしゃっていた。
 ある学生が、ブッシュ大統領が戦争好きなのは彼自身の性格によるものかどうか、と質問したら、宮内さんは、システムによるものだろう、と答えられていた。米国に媚びへつらうだけの小泉首相を選んだのは私達なのだ。政治家は国民の代表として仕事をしているわけだから、戦争が起きるのも世の中のシステムのせいなのだ。
 そこで書き手ができることと言えば、宮内さんの言われる通り、純文学という内面を深く掘り下げていく小説によって、読み手に何らかの意識の変容をもたらしていくことだ。
 宮内さんは優しい表情で私の名前を呼んでおられた。私の顔と名前を憶えてくださっていたので、とても感激した。

 私が文章を書き始めたのは、小学校の高学年の頃だった。それは友達との交換日記だった。学校生活や家庭において齟齬をきたし始めたからだ。太宰治やカミュなどの文学に興味を持ち始めたのもこの頃からだった。小学校の低学年まではカトリック教会から借りた童話やアンデルセンやグリムの本などをよく読んでいた。その後一時期、読書をあまりしなかった。与えられた本が、それまで親しんでいた童話の世界から、大人の問題を扱った本になったからだ。小学生向けのわかりやすい文章で書かれた本とはいえ、そこには大人の視点で苦悩や不安について描いてあった。
 しかし、それでも現実の世界の矛盾から目を背けることができなくなった。このことと、私が文章を書いたり文学作品に親しみを持ち始めたこととは密接に結びついている。
 だから純粋に言葉の世界を楽しんだのは、小学校の低学年ぐらいまでだった。あの頃、私にとって本とは、空想世界で遊べる天国への入り口だったのだ。

 成績も顔も悪くスポーツもできない、どこか暗い、という子供は家庭でも学校でもバカにされる。学校や家庭など私を取り巻く環境では、成績、容姿、家の財産や職業、によって子供の価値が決まっていた。学校時代はずっとそうだった。特に高校では、容姿や成績が重要視された。容姿が良くて一流大学へ進むのが、最も良いこととされていた。そういった人間を頂点としたピラミッド状のある種の主従関係ができていた。
 容姿も成績も悪い、趣味も特技もない、といった場合には、友達がなかなかできないし、恋も実らず異性とも親しくなれないのである。容姿の良いスポーツもできる活発な優等生にクラスメート全員が従うのだ。
 内面的な善悪や価値といったものは全く軽視されていた。重要なことは見た目と能力の優劣だったのだ。これは大学でもそうだった。
 社会に出ると、世の中はもっと変だった。みんな、好き嫌いをなくしてアリのように働いていた。内面的にどこか嘘をついてシステムに組み込まれなければ生きていけないのである。人生はこんなもんさ、と大人はみんな諦めている。好きなことを仕事にして質の良いものを目指し才能や能力を開花させている大人はごく稀だった。
 好きなことを仕事にするのも大変だが、熱心に質の高いものを目指すと割が合わず、食べていけない場合がほとんどだった。

 例えば、次のようにである。
 時々道を歩いていると、ヒロヤマガタの絵を買いませんか、と勧誘される。値段は50万円だそうだ。でも東京都美術館などに行くと、それと同程度かそれ以上の素晴らしい絵が沢山並んでいる。ネットの中でも、無名で貧乏だが素敵な絵を描く画家のHPがいくらでもある。小説の世界でも、沢山の人に読まれて売れるのは意外性や刺激で人を悦ばせる娯楽小説ばかりで、純文学は読まれない。歯科の世界でも保険治療では、じっくりていねいな治療をすると割が合わず、10分に1人ぐらいのペースで治療する方が儲かる。少し前にも書いたが、私の織物を置いていただいた質の高いユニークな作家ものの商品を置くお店もなくなり、工場生産のつまらない商品を置くお店ばかりが儲かっている。
 真面目に質の高いものを目指した仕事をすることと儲けが比例しない、むしろ適当に小狡くやった方が儲かって豊かな生活ができるという目に見えないシステムがあるのだ。芸術の世界でも作品そのものの価値というよりは、それで儲けようとする人たちが寄り集まって人工的に価値を付与してブランド化していく。ブランドは人々の自信のなさに付け込む。ブランドを持っていると自分の価値が高まるような錯覚に陥るのだ。淋しい心がゆえにブランドを追い求め、経済が活性化していく、という病んだ構造がある。

 物心ついた頃から、家庭や学校で何かが異常だとずっと感じてきたが、社会に出ても同じように異常だと感じた。その感じ方は、時を経るごとに強くなる。
 9,11事件以来、米国に尻尾を振って戦争参加に躍起になるメディアや政治家や世の中の人々の動きを見て、この世はどこか異常だ、という感じ方に確信に近いものを持った。
 今、パレスチナの人々がイスラエル兵によって大量虐殺されている。
 日本では、有事法制が整備されつつある。これが法律化されると、日本は本格的に戦争参加し深入りしていくことになる。そうなると日本がテロ攻撃されるかもしれないし、その延長には徴兵制が敷かれる可能性もある。
 メディア規制三法案も法律化されるかもしれない。これもとても危険なことだ。言論統制が行われ、国家や公的な立場にある人物にとって都合の悪い情報が隠されることになり、国民に単一の価値観を押しつけ、国民の目や耳をふさぎ、無謀な戦争へと駆りたてていくことになる。インターネットでの発言も規制されることになる。宮内さんは、もうすでにメディアでは発言しにくくなっている、言いたいことの半分も言えない、と言われていた。

 地球の温暖化と海面上昇も進む一方だ。このままでは、いつか生態系のバランスが狂ってしまうというのに、米国は地球温暖化防止のための京都議定書から離脱してしまった。

 どの国も結局のところ国益のことしか考えておらず、地球が破滅に向かっている、という感じがする。
 子供の頃から感じていた、この世はどこか異常だという感じは当たっていたのだ。私が身近に感じてきた異常さと世界で起きている異常さは地続きだったのだ。少子化が進んでいるのもこうした絶望的な環境と深く関わっていると思う。その原因は、人間の奥深くにあると思う。

 でもそんな世の中でも少しは希望はある。
 例えば昨日の宮内さんの講演会には、人々が沢山来ていた。今の世の中を1ミリでも変えていこう、とする宮内さんに共感する人が沢山いるのだ。沢山といっても、世の中全体から見れば、マイノリティだ。
 今、まともなことを主張したり行動したら、不利な状況に置かれてしまう。例えば、暴力反対、言論統制反対と叫べば、公安から記録を取られる。イスラエルで暴力に反対したら、刑務所に入れられる。米国で暴力に反対すると、職を失ったりする。やりたいことを見つけて自分の気持ちに正直に生きようとしたら、システムからこぼれ落ちて食べていけなくなる。

 今日のNHKスペシャルの「変革の世紀 第1回 国家を超える市民パワー」では、自分たちの力で国際政治を変えていこうとする市民グループについてやっていた。サミットやWTOの会場を数万人のデモで囲み、国際政治を変えようとするのだ。
 例えば1999年のシアトルであったWTO閣僚会議は、世界から集まった5万人の人々のグローバル化に抗議するデモによって、中断してしまった。
 インターネットは人々に情報を与え、国境を越えて個人と個人を結びつけ、“地球市民”とも呼ぶべき新しい時代の主役を生み出しているのだ。
 世界の市民グループは、「市民が主役の社会」を目指し、貧困・環境・人権などの課題について、独自の政策提言作りを進めているそうだ。
 これからは、個人と個人を結びつけるインターネットに可能性を見出せると思う。



2002年4月11日(木)「純文学とエンターテインメント小説との違い/文学の重要性」


 最近、エンターテインメント小説を読む機会があって、純文学とエンターテインメント小説との違いについて考えさせられた。
 エンターテインメント小説の話の進め方は、純文学のそれとは全く違う。
 エンターテインメント小説の第一義は、読者を楽しませる、ということである。つまり、次はどうなるのだろう、誰が殺されるのだろう、犯人は誰だろう、誰と誰が親しくなるのだろう、という好奇心を持たせハラハラドキドキさせることで読者を引っぱっていくのだ。このため、意外性が最も重要になってくる。
 人が人を殺す動機もそれほど深く書き込まれず、衝動的だった、ということで整理され、次の事件へと進むのである。人が人に惹かれていくのも、可愛さ、セクシーさを書くことで、人々を納得させる。人間について深く書き込むことには重点が置かれていない。
 キレやすい若者が増え、“女子高生”がブランドになる今の時代においては、このような小説が書店の売り上げベスト10に入るぐらい多くの人々に悦ばれるのだ。

 一方で、純文学は、どうしてこの人に惹かれるのか、どうしてこの人を殺すのか、といった問題をもっと深く掘り下げて書く。人間の魂の領域まで掘り下げることができれば、文学としては上質だ。
 このため、通常の言葉使いや文章表現では、表現しきれない。言葉と言葉との組み合わせや関係性から、別の世界を表現するのだ。
 つまり、エンターテインメント小説や新聞や雑誌などでは、「リンゴ」というとリンゴそのものを意味するが、純文学では「リンゴ」と書くことで、他の言葉との関係性や文脈によって、別なことを表現するのである。
 読む側は想像力を必要とする。また、人間の内面についての理解を深めることもできるし、いろいろな立場の人に対しても思いやりが生まれ、自分を見つめる機会にもなる。

 純文学の好きな作品を挙げてください、と聞かれたら、カミュの「異邦人」と林芙美子の「晩菊」を挙げる。これらは、純文学の最高峰だ。
 夏目漱石も良いが、女性がうまく描けていない。深さも個性もないヒロインとの関わりを、さも「愛」であるかのように語っているのも変だ。しかし男に限っては人間としてよく描かれている。「こころ」の「私」と「先生」と「K」の三者の関係が織りなす魂の交響は、圧巻である。ただし、ここに出てくる人々は、人間として見習いたくなるような立派なこころの持ち主ではない。確かに人間的ではあるが、彼らのこころには、ぽっかりと穴が空いている。
 Kが自殺した理由と先生が遺書を書き死を志向した動機は、究極のところ同じものである。要するに、何のために生きているのかわからなかった、のである。これは現代人に蔓延するこころの病理と通じている。そして、このことがまさに、女性を薄っぺらにしか描かれなかった理由なのだ。
 何のために生きているのかわからない世界にあっては、個の区別が曖昧だ。個の区別が曖昧なところでは、自分の生きる方向性が見えないと同時に異性の生きる方向性も見えない。違いは、家柄、社会的役割や地位、容姿、貧富、年齢だけになり、魅力ある女性を表現するのも、愛想が良くて親切で美人だという平板な書き方になるのである。「それから」では、結婚生活が破綻した心臓病持ちの貧乏くさいヒロインが登場するが、相手役の主人公はそんな彼女の何に価値を見出し惹かれているのか、をもっと描いてあれば良いと思った。

 キレる若者、性の遊びや麻薬の氾濫、家庭内の軋轢、凶悪犯罪、差別問題、世界で起きている紛争や戦争など、社会やこの地球上を荒らしているのは、コミュニケーションに必要な想像力の欠乏が原因だと思う。
 島田雅彦の小説に出てくるドンファンみたいに、感情を高ぶらせて陶酔させるエロスとしての異性を追い求める人は多いが、相手の心や事情を理解したり推測して自分の命を与えようとする人は少ない。愛や恋などという言葉が氾濫していながら、自分以外のことを想像できないのだ。
 短絡的な行動に支配される今の時代に必要なのは、想像力や思いやりを身につけさせる道具だ。それには、純文学を読むのが手っ取り早い。どれが良いかというと、世界文学全集に収められている小説なら当たりはずれがあまりないのでお薦めできる。純文学の中は、いろいろな人間の様々なエモーションに満ちあふれている。しかも、心の深いところから発せられている言葉の芸術なのだ。

 今は、年に5%だかそれ以上の値で出版業界全体の本の売り上げが下がっているという。しかも下げ止まらないそうだ。特に純文学はひどいそうで、最近の宮内さんの日記にも悲観的なことが書いてあった。
 これからは、純文学を書く人間も、エンターテインメント作家のように読者を好奇心で引っぱっていく方法を取り入れるべきなのだろう。
 しかし純文学の第一義は、人間を描く、ということだ。これが崩されると、純文学とは呼ばない。

 ところで、今日、銀座に「織・小林愛子展」に行った。作者は、グァテマラを創作の拠点にしているそうで、素敵な織物だった。





 パレスチナでは、ヨルダン川西岸ジェニンのパレスチナ難民キャンプなど、イスラエル軍のヘリからミサイルを何十発も打ち込まれ、大量殺戮されている。
 4月11日付けの読売オンラインによれば、パレスチナ自治政府のエレカト地方行政相は、イスラエル軍のパレスチナ自治区侵攻が始まった先月29日からこれまでに、パレスチナ人500人以上が死亡したと述べたそうだ。同氏は、「被害の全容が判明すれば死者数はさらに増えるだろう」とも述べている。

 宮内さんが、日本国際ボランティアセンター(JVC)の医療支援について海亀広場に載せておられた。
<この活動を支えるため、募金をお願いします>
お振込先(郵便局の口座)
00190-9-27495JVC東京事務所
( 通信欄に「パレスチナ医療支援」とお書き添えください)



2002年4月8日(月)「パレスチナからの声」

 宮内さんのHPの掲示板に、現在パレスチナで起きている恐るべき殺戮や人権蹂躙についての書き込みがあった。宮内さんは、このような貴重な情報は広く知れ渡るべきだとおっしゃっていたので、ここに転載する。

海亀通信の掲示板 bP724
ラマラーからのメッセージ(2)
サカクニ・カルチャーセンターの所長のメッセージです。3月31日の状況を伝えるものです。
すべてのみなさん
私はラマラのカリル・サカキニ・カルチャーセンターの所長です。私は今、自宅に閉じ込められており、私たちのメッセージを伝え、広めてくれるようお願いするために、このメールを友人のジャーナリストやその他の人たちに送っています。
このメッセージが哀れみや祈りや献金を集めるためのチェーン・メールのネタになるのでなく、行動の呼びかけになることを希望しています。私たちは私たちのできる範囲で抵抗し、しっかりと耐えています。世界のみなさんにも、私たちの共通のヒューマニティーの名において、自分の力に応じて、何かをするよう呼びかけます。私たちはアラブ世界で、アメリカ先住民たちの悲劇が私たちの上に繰り返されるのを拒否します。私たちは自由に、平和の中で、尊厳をもって、この地で生きたいのです。
はじめに私が目撃した状況を「ライブ」で伝えます。次に、私たちの外の世界で、メディアやその他の場所で行ってほしい9つのことを提案します。

はじめに、今夜(日曜日)、私たちが聞いたことによると、30人のパレスチナ人の警察官が、ラマラのイルッサル通りに面したビルに避難していたところ、イスラエル軍兵士によって冷酷なやり方で処刑されました。その前には、金曜日(29日)に5人のパレスチナ政府職員が頭を銃撃されて処刑され、その後、死体は数時間も舗道に放置されました。救急車は目的地へ進むのを阻止され、病院は破壊されるか(アラブケア病院)、銃撃を受けています(ナザル産科病院)。この状態が続けば、チェチェンやサラエボがくり返されるでしょう。

私自身は、金曜日の朝以降、ラマラとエルビレーの何万人もの住民と同様に、自宅に閉じ込められています。すぐに終わるという展望は全くありません。まる1日、電気が止まっていましたが、神様のおかげで、今日、日曜日には復旧しました。サカキニ・センターの職員の1人は、昨日彼の村(コバール)にイスラエル軍が突入し、財産を破壊し、彼の弟を含む約30人の青年を逮捕し、村から連れ去りました。
センターの洗濯係の女性の家はトイレが離れになっていますが、この3日間イスラエル兵が家の入り口に張り付いていて、家から出られないようにしました。今日、長男がトイレに行こうとして外へ出たところ、イスラエル兵が彼を捕まえ、殴りました。
教員をしている父親が止めに入ろうとしたところ、イスラエル兵は彼を殴り、逮捕しました。私たちのセンターで木曜日の夜遅く仕事をしていた理事の1人と、そこにいた職員全員が逮捕されました。全員が目隠しされ、手を縛られ、16時間にわたって1つの部屋に監禁されました。イスラエル兵たちはオフィスの備品を壊し、コンピューターのハードディスクを盗みました。イスラエル兵たちが次の獲物を追って立ち去った後、この職員たちは自力で手錠を外しました。

私の従兄弟と彼の妻と3人の子供たち(まだ10歳以下です)は、金曜日以降電話も電気も使えません。消息が心配です。私の隣人の70歳になる父親はアラファト議長の官邸の近くに住んでいます。イスラエル兵は金曜日にこの父親の家に押し入り、ライフルの台尻で手当たり次第に破壊し(テレビ、流し、家具など)、挙句に現金を盗みました。イスラエル兵が銀行、両替所、宝石店に押し入り、現金や宝石を盗んでいるという報告があります。

ラマラの旧市街エルビレーでは、彼らは土曜日に、16歳から45歳の男に出頭を命じ、グループに分けた後、150人の若い男たちを逮捕しました。
町で唯一の民間のローカルテレビ局であるワタンTVは、ニュースや生活のアドバイスを放送していましたが、金曜日にイスラエル軍によって占拠され、今はポルノ・フィルムを放送しています。今日、ジャーナリストたちにラマラからの退去命令が出されました。

次は誰がイスラエル軍の家宅捜索を受けるのかが、いたるところで話題になっています。私にとって--多くの人も同じでしょうが--危険が身近に起こっているときは助けを求めて叫ぶのが人間の本能です。私たちが行ってきたことは、次のことです。利用できる手段を利用して、私たちは近隣諸国のたくさんの政府高官に電話をかけて、助けを求め、国際社会に圧力をかけるよう訴えました。また、この手紙のように、メディアへも私たちの訴えを送りました。

以下は9つの控えめな、あるいは理想論的な提案と要請です。

1-これは長期にわたる包囲攻撃です。どうか私たちの声が聞き届けられ、継続的に行動が取られるよう圧力をかけつづけてください。
2-センターの管理・財政担当のマナル・イッサさんがまわりの子供たち10人から、包囲下での生活についての証言と、図画を集めました。この証言(アラビア語)は彼女から直接に入手できます(issamanal@yahoo.com に連絡してください)。私は明日、これを英語に翻訳して配布します。このメールを直接または転送によって受け取った方は、ぜひこの証言を入手して、できる限り広く知らせてください。
3-国際社会と政府に対して、私たちへの包囲攻撃を止めさせるために圧力をかけるよう要請してください。米国の大統領・副大統領に毎日数万通のメールを送ることが必要です。宛先はpresident@whitehouse.gov (大統領)とvice.president@whitehouse.gov (副大統領)です。
4-それができない場合は、米国の大手メディアに、この包囲攻撃について投書してください。
5-毎日、イスラエル大使館前でデモを行うことが必要です。
6-アラブのアーチストから欧米のアーチストへ、政府に包囲攻撃の中止を求めるためのコンサート、デモ、よびかけを要請することが必要です。
7-欧米のアーチストが、私たちへの包囲攻撃の中止を呼びかけるイベントに参加することが必要です。
8-報道・出版関係の仕事をしている方は、毎日または毎週のニュースの中に、この包囲攻撃についてのニュース、弾圧と包囲攻撃に関する証言、子供たちの証言、病院の状況の報告のための欄を続けてください。
9-医療の悲惨な状況は、ラマラー病院に電話をして、院長のアタリ博士か、同病院に常駐している保健副大臣のムンテル・シャリフ博士と話すことで、つぶさにおわかりになるでしょう(972 2 2298 2220)。
10-あなた方から、行動の提案を送ってください。あなた方の行動をより効果的なものにするために私たちにできることがあれば知らせてください。

マハラク・クラブ、バーレーンTV、ドバイの Nadwat al Thaqafa がすでに私たちから取材してくれました。感謝します。
すべてのみなさんに感謝します。みなさんからのメッセージを待っています。

Adila Laidi.


海亀通信の掲示板 bP725

ラマラーからのメッセージ(3)
(注)
ラマラからのメッセージ(2)の続きで、子供たちの証言を集めたものです。すでにこのメッセージが書かれてから1週間が経過しており、状況は一層悪化していると思われます。名前の表記がわかりませんが、カタカナに直したほうが読みやすいと思い、適当な表記にしました。多分たくさん間違っていると思いますので、もしわかれば訂正してください。子供たちの性別も推測です。占領下の状況について、各国のジャーナリストや外国の活動家の報告はいっぱい出ていますが、この一連の証言はパレスチナの一般の人たちが何を感じ、どのように耐えているのかを伝える情報として非常に重要だと思います。ぜひ配布に協力してください。
***********************************

子供たちの証言

私はラマラのカリル・サカキニ・カルチャーセンターの所長です。私は今、自宅に閉じ込められており、自宅からこれを書いています。包囲下のラマラで生活しているパレスチナの子供たちの13編の短い証言を読んでください。今すぐこの証言を発表、配布してください。この証言は、このセンターの管理・財政担当のマナル・イッサさんが書き取ったもの(アラビア語)を英語に翻訳したものです[注:日本語版は英語からの翻訳です]。これをイスラエルの包囲攻撃下のパレスチナ人の苦しみの断片として発表してくださることを希望します。
ありがとうございます。

Adila Laidi.

[2002年3月30日(土)]
☆アラヤーン・ザイードくん(9歳):裏庭であそべなくなった。「外出禁止令」が出てるから、家の外に出られないんだ。おもちゃは隠したよ。おもちゃの鉄砲やおもちゃの戦車なんか持ってると、イスラエルの兵隊に取られるからね。「外出禁止令」が出てるから、お店へお菓子を買いに行くのもダメなんだ。

☆ラナから世界中の人たちへ:今、私のお父さんは遠くへ行っています。お姉さんとお母さんがテレビを見ながら泣いていたので見たら、イスラエルの兵隊が捕まえた男の人たちを撃っていました。私はお父さんがその中の1人かも知れないと想像しました。私は泣き出しました。泣いて泣いて、しばらくして、なぜ泣いているんだろうと考えました。これは私たちの運命ではないのか。私のお父さんは警察官です。私たちは抵抗しなければならないのです。

☆レマ・ザイードさん(11歳):学校へ行きたい。今年は卒業です。夏は自由にしていたい。泳いだり、遊んだり。イスラエルの兵隊たちが、私たちのところから出て行って、占領をやめて、こんな重たい戦車を使うのをやめてほしい。私たちには抵抗する手段がない。学校を占領したり、破壊したりするのをやめてほしい。

☆アーメド・トゥカンくん(7歳):インティファーダが始まってから、僕たちは何回も家を引っ越した。毎週、家が変わるんだ。イスラエル人たちが家に入ってきて、みんなを脅している。イスラエル人がエルサレムに入ったとき、僕たちはラマラへ逃げた。イスラエル人がラマラに来ると、僕たちはエルサレムへ逃げるんだ。

☆ムスタファ・ムルヘムくん(8歳):僕たちを助けてくれる外国の人たちに、お礼を言います。僕たちは今、すごく困っています。町が占領されました。僕はラマラにいます。僕たちはイスラエルの兵隊に完全に支配されています。町には戦車や軍隊の乗り物がいっぱいです。死んだ人やけがをした人はかわいそうですが、病院やお医者さんが僕たちを守ってくれると思います。

☆アラ・ジブリンさん(12歳):ラマラの古い、1部屋だけのお家に住んでいます。お家にはバスルームがないので、外のトイレを近所の人たちといっしょに使っています。家からトイレまでは30メートルあります。トイレに行きたくても、イスラエルの兵隊がじゃまをします。キッチンも家の外にあります。そこへ行くのもじゃまされます。食事の準備もできません。きょうだいは8人います。とても困っています。何がなんだかわかりません。何をしたらいいのかわかりません。外へ出ると撃たれるかも知れません。それに、兵隊たちは自分のゴミやウンチやおしっこを私たちの家の前に捨てるんです。昨日から電気が停まっています。私たちはイライラしています。気が滅入ってきます。神様や、人間の感情を持っているすべての人々に、助けてほしいとお願いしています。私たちの悪夢を早く終わらせてください。

☆ヤナル・ザイードくん(4歳):泳ぎに行きたい。お家がほしい。窓があって、外が見られるお家だ。ほしい。

☆サラ・アトラッシュさん(5歳):私はママが大好き。

☆ヘバ・ブルカンさん(12歳):平和と安全がほしい。愛情がほしい。私たちに自由をください。

[2002年3月30日(日)]
☆アーメド・アトラッシュくん(8歳):とても辛い。退屈だ。パパとママは、裏庭で遊んだらダメって言うんだ。テレビも見せてくれない。ニュースを見るからって言って。死んだ人たちのことが悲しい。死んだ人の数がふえていくので、よけいに悲しい。だけど、僕は近所の友だちと遊んでいる。僕のたった1つの願いは、イスラエルの兵隊が出て行くこと。それが一番の願いだよ。

☆アラ・ジブリンさん(12歳):私たちが寝ていたら、ガラスが割れる音が聞こえたの。そおっと窓から覗いてみると、イスラエルの兵隊たちが自動車の窓を壊して、レコード・プレーヤーを盗んでいた。兵隊たちは私たちの自動車のガラスを壊したの。でも、神様のおかげで、レコーダーは盗まれなかった。朝、15人の兵隊が、わめきながら私たちに家に入ってきた。家の中をめちゃめちゃに荒らして、パパを逮捕した。
私たちは家の外にある小さなキッチンに閉じ込められたの。パパはパレスチナの旗を持ってたから、連れて行かれたのだと思う。私たちは兵隊たちが逮捕した男の人たちをひどく殴っているのを見ました。それってテロリストのやることじゃないの!

☆ミゼル・ジブリンくん(15歳、アラさんの兄): イスラエルの兵隊は、僕たちが家の外にあるキッチンやトイレへ行くのも邪魔をしました。信じられない状況です。トイレは家から離れているので、妹はカラのゴミ箱を使っています。僕はそれを拒否して、外のトイレへ行っています。父と母は止めますが、僕が言い張るので、あきらめて、気をつけるようにと言います。トイレが終わると、兵隊たちが取り囲んで、手を上げるように言います。そのうちの1人が僕を押して、尋問を始めました。「何をしているんだ? 名前は? 歳は?」僕が答えた時、彼らは僕を殴ろうとしました。そこへ父が「やめろ、やめろ、子供がトイレに行っただけじゃないか」と叫びました。彼らは僕を放し、僕たちの家に突入しました。
彼らは妹たちと弟たちと僕を小さなキッチンへ閉じ込め、家の中のものを壊しました。彼らは父を捕まえ、殴りました。ほかの男の人たちも捕まえられ、殴られました。そのあと、父やほかの男の人たちの頭にビニール袋をかぶせ、どこかへ連れ去りました。これが占領というものだということがわかりました。僕はこれを決して忘れません。僕は言います、占領を止めてください。威張るのをやめ、殺すのをやめてください、・・・やめてください!

☆アラヤーン・ザイードくん(9歳):イスラエルの兵隊が若い男の人たちを殺し、子供たちを脅している。パレスチナの兵隊を牢屋に入れて、新聞記者を殺している。僕たちを助けて、僕たちを守って!

カリル・サカキニ・カルチャーセンターはラマラの古い家を改造した中にあります。このセンターは視覚芸術の育成と発展、パレスチナの文化的アイデンティティと伝承に関わるプロジェクトの組織化、定期的な文化イベントの開催(美術展、コンサート、文学イベント、映画上映会、講演会、子供の活動など)の3つの分野を中心に活動しています。サカキニは1996年に設立された。Http://www.sakakini.org をご覧ください


海亀通信の掲示板 bP727

ベツレヘムでは司祭が殺された。2002年4月2日
Susan Brannon(スーザン・ブラノン はフリーランサーのアメリカのカメラウーマンでMMNーメディア・モニターの特派員)

エルサレム、2002年4月2日。Salesian(サレジア派)司祭 Fr. フランコ・ランザニ65歳はベツレヘムのサンタマリア女子修道会の屋外で火曜日に殺されました。さらに、10人の修道女が協会に侵入しようとしたIDF(イスラエル軍)によって負傷した。

電話インタビューに答えた地元住民によれば、激しい戦いが昼夜マンガースクエアの近くで起きており、3〜5分ごとに爆撃音が聞かれたと。家族は家の中に退避、しかも外からもっとも離れた(安全と思われる)部屋に隠れているとのこと。
電気、水と電話はまだ市内の大部分で利用可能なようです。家族は頭上を飛行するヘリコプターの轟音を聞いているだけでは、今度はどこを攻撃するのかまったく分からない状態。
親は子供たちを集め、兵隊がもし彼らの家を占拠した場合にはどうするべきか話し合っています。そとで絶え間なく続いている砲火を聞き怖がっている子供たちを親たちは必至になだめるしか術はないのです。

ドヘイシュ、アイダ、アッザの難民キャンプには水、電気は完全にストップ。住民はプロパンヒーターの使用を最小限にとどめています。というのも、いつ、ガスが手に入るかわからないからです。ここは寒く、雨が降っています。

IDF軍、そのタンク、ジープが絶え間なく発動し、激しい侵略が続いています。民家がIDFに占拠されています、IDFはそこの屋根から発砲しています。昨日のレポートでは、デハイシュキャンプでは全ての民家の家宅捜索が行われ、全ての15歳から50歳までの男性と15歳から25歳までの女性たちが集められているようです。彼らが後刻解放されたかは分かりません。さらに、ベイトジャッラでは平穏なデモをしていた外国人6人が撃たれ、多くの人がアル・フセイン病人に収容されたようです。中には重体の人もいます。
同じくベツレヘムでは、11人のパレスチナ人がイスラエル軍に協力したという容疑で他のパレスチナ人に殺されました。

市街は「パレスチナの恐怖の巣」と呼ばれるような状態になっています。処刑された男たちの死体はマンガースクウェアーで引きずりまわされています。

写真班がその場を撮影しようとしましたが、パレスティニア側はこれを禁じました。当然フィルムは抜かれました。ベツレヘムのスター・ホテルでは建物の5階の上にいた、アル・ジャジーラのジャーナリストが撃たれました。

IDFはベツレヘムをミリタリー・ゾーン(軍指定地域)であると宣言、報道機関あるいは外国人が市に入るのを禁止している。

フォトジャーナリストの山本宗補さんが海亀通信の掲示板、bP718でおっしゃっていた。「……93年のオスロ合意以降、ヨルダン川西岸の主要都市がパレスチナ暫定自治区に組み込まれる一方で、イスラエル人入植地の新設拡張は進み、2万戸を越える新住宅が建設され、入植者数140、入植者数40万人となったという。占領地に入植地を建設することは、国連決議違反。ヨルダン川西岸もガザ地区も、入植地が虫食い状態にある現実のまま。恒常的停戦と和平がもたらされるといえるでしょうか。」

山本宗補さんは海亀通信の掲示板、bP713で、イスラエルはジャーナリストを排除している、と言われている。
「……国連のアナン事務総長はイスラエルのラマラ侵略を3週間も前に非難し、3日前には自治区からの撤退を求め、国連人権委員会はイスラエル政府のパレスチナ人の人権無視を激しく非難したばかり。だがイスラエルは国連などは無視。しかも、イスラエル軍は国連職員であろうと、外国人ジャーナリストやカメラマンであろうと、外国人やユダヤ人平和運動活動家であろうと、全くお構いなく命まで狙って発砲している。
実際、マスメディアを現場から強制的に排除し、軍事的侵略をやりたいように実行しようとしている強い意志が見える。イスラエル兵の銃弾でこの1ヶ月の間にイタリア人カメラマンが死に、フランス人カメラマンとアメリカ人ジャーナリストが一人づつ負傷している。ヨルダン川西岸のラマラでもベツレヘムでもジャーナリストを拘束し、軍事作戦地域外へ強制的に退去させている。昨日は、アメリカのジニ特使とアラファト議長との会談を取材させまいと、イスラエル軍はスタンガンと催涙弾を使って報道陣を追い出したという。
ちなみに、亀山亮君という友人で実に勇敢なフリーの日本人カメラマンは一昨年の取材中、イスラエル軍の銃弾の破片によって左目の視神経を切断され、左目を失明した。カメラマンにとり、目は命同然。しかし、25歳の彼は、そんなことにひるまず、残る一つの目でパレスチナ取材を長期にわたって継続している。」

このようにパレスチナが恐怖の巣になっている様子から、テレビ、スティールカメラ、あらゆるジャーナリストを徹底的に閉め出す理由が見えてくる、と山本宗補さんは述べられていた。

まさに絶句してしまう。もし私がパレスチナに住んでいたらと想像するだけで、恐ろしくて居ても立ってもいられない。25才の亀山亮君は片目を失明してしまった。失明……これだけでも絶望的なことなのに、毎日人間がゴミのように次々と殺戮されているのだ。しかも、死体が引きずり回されているなんて……狂っている。
シャロン首相とブッシュ大統領が辞任しない限り、この地獄は際限なく続き、狂気が世界に波及し、取り返しがつかなくなると思う。

パレスチナ子どものキャンペーンが、「ガザでの緊急支援活動への募金のお願い!!」をやっていた。これも転載する。

ガザ南部ではイスラエル軍によってパレスチナ人の家屋が破壊され、人々が住むところを失っています。パレスチナ子どものキャンペーンでは1月と2月に緊急越冬支援として食料や毛布などの配布を行いました。現地では今なおイスラエルによる封鎖、家屋や農地の破壊が続いており困窮する家庭がどんどん拡大しています。一家族でも多く、こうした支援が届くように引き続き皆様に募金をお願いしています。是非ご協力下さい。
★募金の送り先
郵便振替口座 00160ー7ー177367
口座名 パレスチナ子どものキャンペーン

現地緊急速報など、くわしくは http://plaza17.mbn.or.jp/~CCP/news/updateJ.html
ここには、もっと悲惨な状況にある現地の人々の、叫ぶような声が載っている。

中東とチェルノブイリの問題を中心に取り組んでおられるフォトジャーナリストの広河 隆一氏のHP。
http://www.hiropress.net/



2002年4月7日(日)「春風/レイブパーティ」「ダキニナイト」

 昨日は代々木公園のレイブパーティに行った。規模が大きく完成度の高いパーティで、それも都心で行われるのに毎年無料だ。(毎年春に、代々木公園で催される)運営者全員がボランティアでの参加なのだ。参加者全員がゴミの処理やカンパなどを自主的に行うことが大切なようだ。

 とても楽しかった。ステージではメインのDJがテクノを流し、ドーム状のテントでは別のDJがテクノやチルアウトを流していた。
 踊りは今ひとつ活気に欠けていたような気がするが、人々は多く満杯状態だった。

 テクノの4ビートは人間の身体を自然に動かす。打楽器の音に合わせて自由に踊ることは、人間にとって自然なことではないだろうか。楽しくなってくると、社会的な様々な役割、地位、肌の色がどうとか、自分を縛っている常識はとても小さなことだということに気づく。音楽と踊りがあるのは、人々が希望を持っているからだと思う。流血の戦場には音楽や踊りはない。
 レイブパーティには、人種、民族、宗教、国家、性差、障害者か健常者かといった問題の障壁を取り払い融和させる作用がある。
 レイブパーティが世界に広がることは、希望と平和が世界に広がるということなのだ。

 久々に何人かの友達に会えて嬉しかった。
 シゲさんはオーガニクスというデザイナー集団の1人で、前に私の織物をシゲさんたちがやっていたお店に置いていただいたことがある。
 織物の略歴のところにも書いてあるが、「西郷山」という代官山にあるお店だった。「西郷山」は陶芸やアクセサリーや鞄などユニークで質の高い作家ものを扱っていたお店だった。「灯り展」をやった時も好評を博し、来店された方々が、代官山にある沢山のお店の中でここが一番良かった、という誉め言葉を言っておられた。
 でも「西郷山」はもうなくなってしまった。今繁盛しているお店といえば、相変わらず工場生産のつまらない商品を扱うところばかりである。
 シゲさんの奥さん、2人の子供たち、を見ているとほほえましい。普段羨ましくなるような素敵な家族に出会うことはめったにないが、シゲさんのところは例外。
 奥さんもデザイナーで、夫婦が協力し合って生きている、という感じ。子供たちも元気に遊び回っていて、「子供には将来何になって欲しい?」(愚問だが)とシゲさんに聞いたら、「元気だったら何でも良いよ」という答えが返ってくる。家族のつながりにある温もりやエネルギーが、周囲にも伝わってきて、こちらまで暖かい気持ちになれるのだ。

 クっちゃん、チヨちゃんとも会えて嬉しかった。クっちゃんの洋服のセンスはピカイチ。私はこんなに洋服のセンスが良い人を他に知らない。この日はあるデザイナーのジーンズ生地のジャケットにレザーパンツだった。チヨちゃんは、アルバイトをしながらイラストレーターの仕事をしている。好きなことを仕事にしているが、とても大変らしい。

 同じ日に青山のスパイラルビルで「ダキニナイト」があった。
 中近東の民族的なライブ、DJプレイ、ベリーダンス、映像が入り混じった、素朴で神秘的な空間だった。
 OCHI BROTHERSが演奏する様々な民族楽器の打楽器、GOROさんが吹くディジリドゥーというアポリジニ族の管楽器、Keikuのアジア的で宗教的なボーカル、バンスリというネパールの、植物の息吹みたいな笛の音色、サロードというインドの弦楽器の飾りのない音色、MISHAALのベリーダンス、どれもが素晴らしかった。

 チヨちゃんは、この空間は初めてだったのだが、「素晴らしい」を連発していた。「今まで描いていたイラストは、自分のためというよりも人のため、これからは本当に自分が描きたいものを描く、自分が何を描きたいか、ここに来てだんだんわかってきた」と言っていた。
 確かに、ダキニナイトは不思議な空間だ。とうに忘却してしまった、自分が年齢と共にどこかに置き忘れてきてしまった、ある種の感性が、心の深いところから懐かしさと共に蘇ってくるのである。

 クっちゃんは、別の洋服に着替えて来ていた。僧衣を連想させる長い衣の黒い服だった。きっとヨージヤマモトの服だと思う。






2002年4月4日(木)「辻元清美の政策秘書給与の流用疑惑/社民党の金欠」

 辻元清美・元社民党衆院議員の元政策秘書給与の流用疑惑で土井党首まで責任を問われている。
 この事件を引き起こした最大の原因は、社民党にはこれといった他からの献金がなく、財務基盤が非常に弱かった、ということだろう。
 自民党は企業から、民主党は労働組合から、公明党は創価学会から、多大な献金があるため運営できている。
 社民党にはお金がない。
 辻元清美は少し前に、マスコミに「私は何も悪いことはしていない」と言い張っていたが、後で嘘がばれてしまった。この事件については他の政治家たちが今までやってきた汚職や、今でも陰で行われているであろう政界の様々な不正に比べると、小さなことだし必要悪だったのだと思う。
 辻元清美は始めに問いただされた時、「社民党にはお金がなかったので、仕方なく給与の一部を流用した」と正直に答えた方が良かったのだ。



2002年4月2日(火)「パレスチナの子供たち」

 今日渋谷の東京ウィメンズプラザで、日本国際ボランティアセンターが主催するパレスチナ緊急報告会があった。この時、ヨルダン川西岸のヘブロンで青少年育成団体を主催されているアドリ・ダナ氏が、パレスチナの子供たちについて話をされた。
 ショッキングだったのは次のような話だ。
 パレスチナ人の子供たちに、将来は何になりたいか? という質問のアンケートを取ったところ、80%の子供たちが「殉教者になりたい」「シャロンを殺す」「イスラエル人を殺す」と答えたことだ。他には「医者になりたい」と答えた子供もいるが、それは負傷したパレスチナ人を助けたいからだという。

 子供たちの心の中は、イスラエルへの憎しみと悲しみで一杯なのだ。
 それは次のような理由からだ。
 身内、友達、知り合いが殺されている。
 イスラエルからの軍事攻撃が激しくなると、1週間に2時間しか外出できなくなるほど、常に外出が難しく毎日5時以降は外出できない。
 常にイスラエル兵に監視されていて、いつ殺されたり陵辱されるかわからないので学校や病院、お店に食料品を買いに行くことも難しい。
 常にブルドーザーやミサイルで家々が破壊される。
 学校が閉鎖された。
 アドリ・ダナさんは、「今すぐ子供たちの心のケアが必要である」とおっしゃっていた。

 パレスチナ人は、この18ヶ月間で、1300人が死亡、10万人が怪我をし、2万人が永久に障害者となった。30%の学校が閉鎖になり、32の学校がイスラエル軍の基地になっている。2000戸の家が全壊、2万戸の家が一部破壊、その他水道・インフラなどが破壊されている。
 ガザの失業率は65%である。
 しかも、これらの数字は表に現れているものだけで、実際はもっと多い。
 パレスチナで7年間看護婦をされているある日本人女性の話によると、道が塞がれているので、病院に行けないという問題が生じている。車も救急車も通れないため、治療が手遅れになったり薬剤・器具が不足して、もっと生きれるはずの病人が次々と死んでいるのだ。
 まさに人間の尊厳を踏みにじった、人種狩りが行われているのである。

 現在、米国はイスラエルのパレスチナへの軍事攻撃を支持している。アラファト議長はイスラエル軍によって西岸自治区のラマッラに監禁されている。シャロン首相が政権から退かないかぎり、この武力抗争は激しくなるばかりだろう。

 こうした状況下で、パレスチナ人の子供たちが憎しみを募らせながら育っていき、将来大人になった彼らが世界中の反イスラエルや反米感情を持った人々と結集し、ビンラディンみたいに復讐を挑むとどうなるか、想像するだけで恐ろしい。
 シャロン首相による軍事攻撃は、ますます問題を根深いものにし、テロを生む種を増やし続けている。

 パレスチナ人がこれほど自爆テロを繰り返していると、イスラエルから何倍もの大きな報復攻撃を受け、やがて自滅してしまうのではないか、と先行きが危ぶまれる。

 これを救うのは、イスラエル人の若者たちによる兵役拒否の行動だろう。兵役拒否がイスラエル人の間で拡大し非暴力による和平を目指し、イスラエルとパレスチナとが平等な立場で共存していくことが、問題解決への道だと思う。
 NHKも取材にきていた。






2002年4月1日(月)「東京都美術館」

 ここでは毎日、様々な美術団体の公募展が催されている。広い館内の中に、講堂のような部屋がたくさんあり、100号とか200号といった大きなサイズの絵画が壁面全体にたくさん掛かっている。個展などでは大きなサイズの作品が数点だけあり、他は中くらいまたは小さなサイズの作品に占められているのが一般的だ。
 しかし東京都美術館のそれぞれの巨大な部屋には、大きなサイズの、しかも画家たちの魂のこもった作品がぎっしりと展示されていて、圧倒されてしまう。まるでたくさんの美術館が同じ屋根の下にあるみたいだ。
 素晴らしい作品に囲まれてめまいがするほど陶酔してしまうが、数え切れないぐらいの沢山の作品が並んでいる上に、絵から伝わるエネルギーが強すぎて、そのうち感動する感覚が麻痺してしまう。
 この中で人目をひくような作品を製作し展示するためには、相当な才能と努力を要する大変なことではないかと思う。

 美術文化展では、シュールで抽象的な絵画が多く好きな作品が沢山あった。今回一番面白いと思ったのは、「蜘蛛の糸ー3」野村正夫の作品だった。地獄を連想させるダークな色調で、絵の具を立体的にのせて描いた小さな人間たちが群衆になっていて、上方からぶら下がっている蜘蛛の糸につかまり登っている様子が描いてある。絶望した無数の人々がうごめいていて、1人1人必死になって蜘蛛の糸を登っていくのが、風刺画みたいでユーモラスだった。
 他、気に入った作品がたくさんあったので書ききれないけど、三宅設生さんの絵もあってとても嬉しかった。三宅さんの絵にはメッセージ性がある。画風とメッセージがとても合っていて迫力があるし、絵に対する愛情を感じる。今回は、「リビドーの崩壊」というタイトルの絵だった。骨でできているみたいな2体の子供を、表皮のない筋肉と骨だけの親が抱いているものだった。これもグレーを基調にしていて、上から十字になったコンクリート様のものや石が落ちてきていた。3人の身体のあちこちから涙みたいな液体が雫になって滴り、絵全体に悲しみが漂っていた。9,11事件を思い出した。

 日本現代工芸美術展では、織物のタペストリーがたくさんありとても勉強になった。きっと10作品以上あったと思うが気に入ったのは1点だけだった。
 中西恵美子さんの「花の詩2002−1」だ。青や紫や黄や赤の鮮やかな大きな織物の中央に、同系色の帯や紐や糸の束がクシュクシュと無秩序に行き来したものだった。大きな織物の下の方が細かく分裂しているのも面白かった。
 下のHPの中西さんの作品と同じパターンのデザインだが、今回の方が色彩が明るく華やかだったし中央の帯や紐や糸ももっと無秩序で賑やかだった。
http://www.fukuishimbun.co.jp/jp/nitten2001/nakanisi.html

 話題が変わるが、アフガンの地震では600人ぐらいが死亡し 、住み家を失ったり食料供給を受けられなくなったりした被災者の総数は、約10万人に達するという。
 日本赤十字社が救援金を募集していたので、「直伽のお気に入りイベント」に載せた。

 4月2日には、パレスチナの若者たちについての緊急報告会がある。
「パレスチナの若者達は今!〜アドリ・ダナさんを囲む会〜」
4月2日火曜日 6:30〜
東京ウィメンズプラザにて 参加費:800円
協力:日本国際ボランティアセンター
場所:東京ウィメンズプラザ(表参道下車、国連大学隣)
東京都渋谷区神宮前5-53-67
電話 03-5467-1711(代)   FAX 03-5467-1977

きっと今、パレスチナでは恐ろしいことが起きていると思う。たぶんこれを救えるのは、非暴力で和平を訴えているイスラエルの人々だ。